女性版『おっさんずラブ』は可能か…本気で考えて見えた大切なこと

「今さら」と言わず読んでください
森山 至貴 プロフィール

また、美容師が大卒を基本とする職種ではないこともストーリー上問題だ。黒澤武蔵(吉田鋼太郎)、春田創一(田中圭)、牧凌太(林遣都)の三角関係を、ドラマ後半でかき乱していく武川政宗(眞島秀和)と牧のかつての恋愛関係は、牧が大学生時代に武川のもとをOB訪問したことに端を発する(第5話)。

口下手で不甲斐ない牧が武川の一喝で蒙を啓かれていく、そして二人が付き合うという(サイドストーリーにしておくのがもったいない!)展開は、美容師には置き換えられない。

なぜなら、美容学校に入学する時点で多くの学生は美容師になりたいという意志を持っているだろうし、OB訪問のような実際のエントリー以前の慣行は美容学校生と美容師の間にはないはずだから(あったとしても、それは限りなく弟子入り志願的就職活動に近いものになってしまうだろう)。

この隔たりの背景には、男性の多い職種と女性の多い職種とは、その内容が違うだけではなくそこに至るキャリア形成のルートも異なる、という事実がある。男性と女性で就きがちな仕事が異なることを、学術的には「性別職務分離」と呼ぶ。

一般的に、女性が就きやすいのはケアの分野を含む対人サービス業であり、このような仕事は男性が就きやすい仕事よりも給料が低い傾向がある(当然ながらこれは社会構造上の問題によるもので、男女の本質的な能力差を示しているわけではない。念のため)。

そして給料の差と関連しているのが、大卒前提の仕事かそうでないのか、という違いだ。大卒の職場と非大卒の職場ではその職務内容もそれゆえの同僚同士の関係性(あるいは映像にしやすい「職場の活気」)も異なり、かつそれらは「男の職場」「女の職場」とゆるやかに重なっている。

女性版『おっさんずラブ』は、どんな職場を題材にすれば可能かという点においても、暗礁に乗り上げてしまうのである。

 

「経済力」「家庭的」は強みになるか

次に、武蔵が春田を恋敵の牧から「奪取」するため、武蔵の元の妻である黒澤蝶子(大塚寧々)が彼の強みを列挙するシーンを考えてみる(第6話)。その中に武蔵を評価する理由として「経済力」「家庭的」という項目があるのだが、これをそのまま女性版『おっさんずラブ』に転用することはできるだろうか。

〔PHOTO〕iStock

想像してみよう。主人公の女性が、部下の女性を好きになってしまったがゆえに離婚する。その部下の女性を恋敵から「奪取」するために、主人公の元夫が主人公の女性を助ける作戦会議を開く。元夫が挙げる主人公の強みは「経済力」と「家庭的」であることだった…。当然ながら、男女を入れ替えれば「経済力」「家庭的」の持つ意味は全く変わってしまう。

武蔵はよく稼ぐ夫だったと蝶子は考えており(確かに二人の住む部屋は広くてかなりスタイリッシュである)、かつ男にもかかわらず「家庭的」だからそれが強みになると考えている可能性が高い。しかし、男女を入れ替えて元夫が女性を「家庭的」と評価することは、妻の役割をよく果たしているという意味になってしまう。これは、部下の女性の気を引こうとする際の強みになるだろうか。

「家庭的」であることは、部下の女性の側にも「女性として課されてしまう要求」である。もし部下の女性がその要求を満たし「家庭的」であれば、「家のことは自分でできるからあなたの家事能力に頼らなくても平気(=主人公に強みはない)」と部下の女性としては思うだろうし、部下が「家庭的」でないのであれば「あなたと違って私(=主人公)は家事ができる」との嫌味なアピールになりかねないから、これまた強みとは言えなくなってしまう。