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女性版『おっさんずラブ』は可能か…本気で考えて見えた大切なこと

「今さら」と言わず読んでください

「女性版があったらいいのに」という感想

今ごろになってなぜ、と言わないでほしい。これから連続ドラマ『おっさんずラブ』について書きます。

正直なところ、私は男性同士の恋愛が描かれている、それも好意的に描かれている漫画や映画に触れるのが苦手だ。

それらの作品が「こういう生き方でもよいのだ」と提示する範囲を広げてくれる場合が多いのはわかっている。けれども、その拡大した範囲の中にすら私のゲイとしての(もっとぐちゃぐちゃしていて、にっちもさっちもいかないような)生き方は多分含まれていない。

フィクションの受容と自分の実人生との距離のとり方がうまくない、と言われればそれまでなのだが、どこかで「私のような人間のことはどうせ描かれないだろうな」と思ってしまう(本当は「絶望してしまう」と言いたいくらいだ)ので、物語世界の中で起きている「他人事」としてきちんと楽しめないのだ。

ということで、2018年4月から『おっさんずラブ』が放映されたとき、私はこの作品をリアルタイムでは視聴しなかった。リアルタイムで視聴している多くの学生から勧められ、ゲイの友人から勧められても、頑なに見なかった。

ところが、放映が終わってしばらく経った2018年末ごろに、『おっさんずラブ』に関する同趣旨の感想を複数の学生から聞くようになった。それは「おっさんずラブの女性版があったらいいのに」というものである。

言われてみればたしかにこの問いは興味深い。それに、女性同士の恋愛に置き換えられるか、という観点からなら自意識を不恰好に巻き込まずに視聴することもできそうだ。ということで、ゼミ生たちと『おっさんずラブ』の第一話を視聴し感想を言い合い、そのあと一人で全話を視聴してみた。

この文章では、そこで考えたことをもとに、女性版『おっさんずラブ』の可能性について書いてみたい。先取りしてしまうと、女性版『おっさんずラブ』を成立させることは難しい。そしてその難しさが、私たちの社会で恋や愛の尊さを生きるための資源や余裕が誰に与えられているのか、を明らかにすることになるはずだ。

なお、あらかじめおことわりしておくが、以下の本編では『おっさんずラブ』の細かな設定や物語上の重要な展開などに触れている。未見の方で事前知識を持たずに視聴したい場合は、DVDボックスを買うか動画配信サイトを利用してください(私はハードディスクに録りためていたものを視聴した後、あらためてDVDボックスを買いました。これが「お布施」ってヤツか)。

さっそく本編として女性版『おっさんずラブ』の可能性について検討してみたいのだが、その前にもう一つどうしても言っておかなければならないことがある。それは、『おっさんずラブ』の物語の中に、男性から男性へのハラスメントが(とりたてて問題視されることなく)描かれていることである。

部長は仕事に関する相談を装って勤務時間外に社外で会おうと部下を誘うわ、主任はマウスを操作する部下の手に自分の手を重ねるわ(二人ともちゃんと管理職研修を受けてくれ…)。正面切って恋や愛を描くドラマだからこそ、登場人物を愛すべき清廉なキャラクターとして描き切ってほしかった、と思う。

 

タイトルは「おばはんずラブ」でいい?

さて、前置きが長くなってしまった。ではここから女性版の『おっさんずラブ』の可能性について考えていこう…がしかし、いきなりこの試みはつまずく。しっくりくるタイトルが決められないからである。

「おじさん」という言葉をさらにフランクにすると「おっちゃん」や「おっさん」になる。では「おばさん」を変化させるとどうなるか。「おばちゃん」もしくは「おばはん」である。「おっさん」に対応する表現は「おばはん」だが、「おばはんずラブ」…どうだろうか。