――叶えたい夢のためという頑張れる要因があって突っ走れた。でも、そこに付随してくる枝葉に息苦しくも……というのは、同時期のこと?

「それは、10代後半、イヤ、20代前半かな。遅く来た反抗期ですよね(笑)。14歳から仕事を始めて、親元を離れたり、やりたいことが目の前にあったことで、周りからの反抗期がないまま育ってしまって――。でも、ある時からいわゆる優等生イメージが本来の自分ではない気がしたというか」

――確かに「優等生」イメージでしたよね

「今考えると、自分で言うのも変ですけど、普通にいい子でした(笑)。だけど『いい子だ』って言われるのがイヤでイヤで――。そんな思春期の男の子みたいな状態が遅く来たなっていう実感は、20代前半にありました(笑)」

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―― 一番の引き金ってなんだったんだろう?

「海外でのお仕事をしたことが大きかった。日本人的な受け答えだったり、文化の違いを知った時に、もっとストレートでオープンでいたいし、昔の自分自身はそうだったはず。だけど、いつの間にか、そこにたくさん衣を着せられてしまったような感覚に気づいてしまった――」

――映画『WASABI』の会見で泣いたという記事が出たのは、ちょうどその時期?

「そう。しかも、その『泣いた』という一部分だけをクローズアップされて、その前後のことには触れずに情緒不安定と言われて――。単純にあの時は、こんなに素敵なスタッフが一生懸命にいい作品を作ったのに、日本のマスコミの人たちの質問がすごく残念な内容で悲しくなってしまった――。でも、自分が幼かったとは思います。どちらにせよ、そういう感情は表に出すべきではなかった。

結果的に、それを見て彼ら(出演者)がフランス語と日本語での会見だったため状況がすぐには理解できず、『涼子を泣かせたのか』と守ろうとしてくださったことで、すごく空気がおかしくなってしまった――。芸能界独特なモノに対しての反発心、海外のエージェントとの違いや矛盾をダイレクトに感じてしまって、19歳の自分だと溢れちゃったんだろうなって」