“正負の法則”こそ、地球上のあらゆる難問を解く「キーワード」

昔、入江たか子さんという大女優が、長崎の劇場で「椿姫」を上演したことがあります。近所に住んでいた私は、その楽屋に出入り自由だったので、カツラをつける前の、浴衣の楽屋着姿の入江さんの姿を見ていました。

当時から、将来は音楽でも美術でも、芸術の世界に浸れる人生に憧れていた私ですが、不思議とそれに憧れる心自体は、割と乾いていたんです。表面の、きらびやかな部分だけに憧れたわけではないのです。楽屋裏を知らない人々は、舞台を見て酔うことができます。本番が始まり、私が劇場にいると、お客様はみなさん、感動して泣いていました。でも、私は子供のくせに、妙にシビアな目を持っていたのです。

長崎時代には、他にもたくさんの名優と出会いました。阪東妻三郎さん、長谷川一夫さん。長谷川一夫さんは、そばで見ていても、どうしてこんなに隙のない顔ができたのか不思議なほど、完全な横顔でした。人柄もとても優しくて、私が上京して、芝居を始めてからもよくしてくださり、ドラマで「雪之丞変化」をやることになったときは、着物さばきなど、手取り足取り教えてくださいました。でも、ああいう二枚目スターでも、やはりずっと人気者で、幸せな生涯でした、というわけにはいきません。

戦前の話ですが、松竹から東宝に引き抜かれた長谷川さんは、ヤクザに顔を切りつけられてしまうのです。海外に目を向ければ、エルビス・プレスリーも、マリリン・モンローも、マイケル・ジャクソンも、頂点を極めた人には、醜聞や陰謀や裏切りなど、大抵、恐ろしいことが待っています。頂点まで行けない人は惨めかもしれないけれど、何事も腹八分ぐらいの方が、穏やかで、幸せなこともあるのです。

華やかな表舞台があれば、地味で厳しい裏舞台があり、大きな成功を手にした人は、ほとんどが相応の犠牲を払っている。光があるところに影がある。それが “正負の法則″ というものです。このことさえわかっていれば、大抵の難題はクリアできるというものです。