父、そしてプロレス

では父はどんな人だったのだろうか。西さんが中学生になると、カイロ、ドバイ、東京と単身赴任することも多く、「あまり一緒に過ごしていない」というのが率直なところらしい。

「ひとりの人間として、私に接していて、“かなちゃん” ではなく、“あなた” と呼ばれました。仕事に忙しく、覚えている限り、幼い時に一緒におふろに入った記憶がありません。やはり、父からも勉強しろと言われたことはなくて、大学を卒業しても就職せず、アルバイトをしていたときも、小説家になるために上京したときも、反対はなかった。

“好きに生きなさい” と、つねに自立を第一に考えていた。“あなたが産んでくれと頼んだわけではない。お父さんお母さんが勝手に産んだのだから” いつもそう言ってくれました。そういう意味では、子育ては欧米的な考えに近いかもしれませんね」

印象深いのは、父がイランやエジプトで現地の人と渡り合っている姿だという。

「中近東って、国民性や価値観の違いもあって、じつはいちばんビジネスがしにくいと言われているんですね。そのなかで、父は独学で学んだ英語で対等に向き合っていた。背の低い父が、体格的に圧倒的に大きな人たちの中でがんばっている姿は子ども心にすごいなあ、と」

その背中から学んだもの、今の人生にどれ程の影響があったかと問いかけると、彼女は首をすくめて答えた。

「もちろん父からもいろいろ学びましたが、仕事や人生に関して、プロレスから学んだことも大きいです」

彼女のプロレス好きはつとに有名である。幼稚園の頃、従兄弟の影響でプロレス番組を見始めたのがきっかけである。直木賞の授賞式でも「プロレスに感謝したいです」とスピーチをした。

せっかくなので、プロレスの存在についても語っていただいた。目を輝かせて発する一言一言から、それはもう、西さんにとってたとえば家族同様にかけがえのない存在なのだということが、ひしひしと伝わってきた。

「人生は低迷期があるから逆もある。まだ物語の途中。走り続ける限り、挽回のチャンスがある。諦めずに前に進むことの大事さ、かっこ悪いことはかっこいいんだということを学びました」