# 政治・社会

国のせいとは知らずに…優生保護法、「何もしない」ことの暴力

細胞が権力のターゲットになる時代
粥川 準二 プロフィール

優生保護法改定後の「不作為」

拙著では、いくつかの先端医療技術を例示しつつ、細胞政治という生権力は人々の細胞などを選別することで人々そのものを選別する、という構図をスケッチした。

では、優生保護法下の日本では、生権力はどのように機能していたのか。

 

同法は「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的として、精神障害者や知的障害者などに対する不妊手術を、本人の同意なく行うことを可能にしていた。

女性の場合には「卵管結紮(らんかんけっさつ)」と呼ばれる手術などが行われた。卵管結紮とは、卵子の通り道である卵管を縛ることで、卵子と精子が受精するのを妨げる手術である。

一方、男性の場合には「精管結紮(せいかんけっさつ)」と呼ばれる手術などが行われた。精管結紮とは、精子の通り道である精管を縛るか部分切除することで、精子が精液の中に入ることを防ぐ手術である(ただし卵管結紮や精管結紮ではない方法で「生殖能力を奪」われた人たちもいる)。

その手術の結果は「生殖機能を奪」った。ここでも生権力は細胞レベルで人々に働きかけている。「切れ目」は生きるべき細胞(精子や卵子という生殖細胞)と死ぬべき細胞との間に入れられ、それらをつくり出す人々の間にも切れ目が入った。結果として、存続すべき人口集団と衰退すべき人口集団が選別された。

また被害者たちは具体的な手術を受けさせられた。つまり明確な「作為」を向けられた。「不作為」として、「生きるままに」されたわけではなく、「死ぬままに」されたわけでもない。被害者たちが受けた強制的な不妊手術を行使した権力は、細胞政治ではあっても、作為に基づく「死権力」に近いように見える。

今年2月19日に東京地裁で開かれた第4回目の法廷で、原告代理人の前田哲兵はこう訴えた。

「私たちは、この裁判で、国は大きく分けて、悪いことを2つしたと主張しています。一つは、60年くらい前、国が優生手術を無理やり受けさせたことです。もう一つは、国が被害回復のための法律を作らず、被害を放置してきたことです」

新しい生権力の特徴が「不作為」であるならば、被害者たちが生権力の結果としての抑圧や暴力に晒されたのは、むしろ優生保護法がなくなった1996年以降かもしれない。

暴力や抑圧を深く刻み込む

訴状や意見陳述などによれば、北は中学生の頃、不妊手術を受けさせられたという。

「私の体には今も、生々しい手術の痕がくっきりと残っています。この出来事は何十年もの間、家族の中では触れてはいけないタブーとなっていました」(北の意見陳述より)

北は40年間連れ添った妻にさえ、彼女が病気で亡くなる直前まで手術のことを打ち明けられなかった。また、北の姉は手術のことを知っていたのだが口止めされていて、60年以上の間、1人で秘密を抱えた。

そして筆者が北に直接尋ねて聞いたところによれば、彼は長い間、自分にその手術を受けさせたのは医師や家族だと思っていたという。その手術が法律に基づくものであること、つまり手術を受けさせたのは国だと知ったのは、昨年、宮城での訴訟が広く報じられてからだった。

国は優生保護法を母体保護法へと改定してからも、「被害回復のための法律を作らず、被害を放置」し、謝罪や補償はもちろん調査さえ行わなかった。北たち被害者は、国のそうした不作為によっても苦しめられてきた。

こうした作為や不作為がかつてもたらした暴力や抑圧を明らかにし、教訓として記憶や法制度に深く刻まない限り、同じことはかたちを変えて繰り返されるだろう。細胞政治は、出生前診断やゲノム編集を通じて、今も展開し続けているのだから。(敬称略)