美智子さまの亡き母・正田富美子さんが生前語った「驚きの回想」 

富美子さんの後悔と無念とは
沢田 浩 プロフィール

「すべてで、約束が違いすぎました」

「もちろん、いちばんご迷惑がかかるのは皇太子殿下で、そして妃殿下でいらっしゃいます。だから、これまでのことは私が静かに胸の中にしまっておけばいいことです。美智子も親子ですから、そういう私の気持ちは知っていると思います」

我が娘でありながらも、富美子さんは“妃殿下”と呼び、多くは敬語となる。それが、あの日からの母と娘のけじめなのかもしれない。もどかしい思いもあるのではないだろうかと、尋ねてみた。

「いいえ、それはございません。不自由なことが多いんでしょうって尋ねられる方もありますが、皇太子殿下には心苦しく思うばかりに、いろいろお気遣いをいただいてまいりました。主人の還暦のときなどには、おそろいでこちらまでおいでくださったこともございました。

もちろん、世間の親子のようにはまいりませんこともございます。でも、それ自体は窮屈とは感じません。それよりも、人さまから私たちに向けられる目や、声のほうがつらかったわ」

と、富美子さんは話し、さらにこう続けていた。

「私たちの言葉が足らなかったのかもしれませんが、私のひとことがずいぶん誤解されたこともありました。それでも、そのときは私たちは何を言われてもいいと思ってきました。

でも、振り返れば、どうして……って思うぐらいにつらいことはありました。とにかく、あらかじめ話し合っていたことでも約束が違いすぎました。こんな思いで苦しむことはもうたくさんです」

 

そこまで話すと、富美子さんは、僕に向き合ってくれたひとときをしめくくるように、こう話していた。

「今の私のいちばんの願いは、そっとおいてほしいということかしら。おばあちゃんは静かに死んでいけばいいんですよ」

正田富美子さん、75歳の時のあまりに悲しい言葉だった。

「子に告げぬ哀しみもあらむを……」

4月30日の天皇陛下の退位に伴い、5月1日からは、上皇后陛下となられる美智子さま。僕は、美智子さまをニュースで見るたびに、かつて母・富美子さんへ向けて詠んだ御歌を思い出す。1978年(昭和53年)の歌会始のお題「母」にあわせてのものだった。

「子に告げぬ哀しみもあらむを柞葉(ははそは)の母清やかに老い給ひけり」

2014年(平成26年)10月、美智子さまが傘寿(80歳)を迎えられた折のご感想には、そんな母・正田富美子さんへの思いが表れていた。

「80年前,私に生を与えてくれた両親は既に世を去り、私は母の生きた齢を越えました。嫁ぐ朝の母の無言の抱擁の思い出と共に、同じ朝“陛下と殿下の御心に添って生きるように”と諭してくれた父の言葉は,私にとり常に励ましであり指針でした。これからもそうあり続けることと思います」

母・正田富美子さんは、ご主人の正田英三郎さんとともに鎌倉霊園(神奈川県鎌倉市)で眠る。皇室に嫁いで60年、今、美智子さまと母・富美子さんの思いは、新天皇、新皇后へ受け継がれるのだろうか――。

正田富美子さんは鎌倉霊園に眠る