誰のために、どの財源を使って、どのようにやるのか Photo by iStock

「日本の保育無償化は誰も幸せにならない」といえるこれだけの理由

むしろ支払いが増える家庭も

いよいよ来年度2019年10月の消費税アップと同時に、「幼児教育・保育無償化」がスタートすることになっています。そのための「子ども・子育て支援法」改正案についての審議も、3月12日の衆院本会議で始まりました。

すでに新年度開始まであと2週間。「無償化」は来年度半ばからのスタート予定ですので、本来であれば、すでにその運用について詳細まで決まっていなければならないのですが、制度の導入には「子ども・子育て支援法」の改正が必要で、正式には3月末に国会を通過した後に決まります。そこで、現段階では細かい運用についてはまだ定まっていないところも多くあります。

しかし、現段階で決まっていることをみただけでも、今回の「無償化」によって、逆に親が支払う金額があがったり、保育需要がさらに増えて急激に待機児童が増えたり、ますます保育士不足が進んだり……といった心配が多分にあるのです。 

そう語るのは、保育についての著書も多く書いているジャーナリストの猪熊弘子さん。来年10月からスタートする予定のこの政策、内容をみると危ういことばかりなのだという。
 

世界での「幼児教育の無償化」とは

 今回、日本で初めて導入される「幼児教育無償化」ですが、すでに世界の先進国の多くがすでに無償化を行っている実態があります。たとえば、イギリスでは2010年からはすべての3~4歳児(5歳から就学)に対して、週15時間、年38週分を上限に無償化が行われており、3~4歳児の97%がカバーされています。さらに2014年からは低所得家庭(年収約240万円以下)の2歳児に対しても無償化が行われています。

フランスでも3~5歳の子どものほぼ全員が公立の幼稚園である「保育学校」(エコール・マテルネル)に通っており、その利用料については無償化されています。他の多くの国でも、義務教育に入る前の1年間の幼児教育の無償化が進められています。それは、たとえば経済学者ヘックマンらの研究から、より良い「幼児教育」への投資が子どもの発達にとって良い影響を与え、貧困問題の解決にもつながり、将来にわたり国に経済的なメリットを与えることになるというエビデンスが導き出されたことによります。

無償化によって教育の機会均等を保障し、家庭が貧しいために「幼児教育」を受けることができない子どもを減らすことが、社会にメリットを与えると考えられているのです。そのための「幼児教育」は、当然、質が良いものでなければならず、質の向上のための努力も同時に行われます。それが「幼児教育無償化」の意義なのです。

日本の「保育無償化」は「別もの」

さて、ここで注意したいのは、多くの先進国で進められているのは「幼児教育」の無償化であり、「保育」の無償化ではない、という点です。「幼児教育」と「保育」の言葉の区分けは、内容の違いについてではなく、「時間」の違いによる区分です。多くの国で導入されている「無償化」は、日本でいえば幼稚園に相当する時間に対してのものなのです。「子ども子育て支援新制度」でいえば、1号認定の子どもの「教育標準時間」に相当する保育時間(約4時間程度)が無償化されているのです。

ところが今回、日本で導入しようとしている「無償化」は、「教育標準時間」の約4時間ではなく、「保育短時間」「保育標準時間」に相当する8〜11時間とみられています。また、さらに幅広く認可外保育施設や病児保育、ファミリーサポートなども対象としています。ここに問題があります。つまり、「なぜ無償化が必要なのか?」というポイントが諸外国と異なっているという点です。「幼児教育の無償化」と「保育の無償化」とでは、意味が違うのです。

日本では、保育が必要な子どもたちが通う保育所やこども園の費用は、すでに世帯収入によって段階的に定められる「応能負担」となっています。低所得の世帯は、現状、すでに実質的に無償化されているのです。また、日本では5歳児の98.3%がすでに幼稚園や保育所、こども園などに通っています。通っていない1.7%の子どもたちの中には、重い障害があったり、病気にかかっていたりして、通園できない事情を抱えている子どもや、親があえて幼稚園などに通わせない選択をしている子どもと言われています。

つまり、すでに実質的に、幼児教育についてはほぼ「全入」の状態にあり、「家庭が貧しくて幼児教育を受けられない」という子どもは、ほとんどいないのです。今年10月から無償化を導入したおかげで新たに幼児教育が受けられるようになる子どもはほとんどいないといえるのです。この状況の無償化では、むしろ、所得が高い世帯の方が、より無償化の恩恵を受けることになり、ほとんど貧困対策にはなりません

また、後述しますが、認可外保育施設についても、認可保育所と同等の金額を上限に無償化されることが決まっています。保育士資格を持った職員でなくても保育にあたることができ、認可施設に比べて死亡事故の割合が高い(20倍)認可外保育施設についても、5年間の猶予措置を設けて,その間は質についての条件なく無償化することになっているのです。これはあきらかに質の低下を招くと言わざるを得ません。都道府県が条例で無償化の対象から外す、あるいは一定条件の下で一部を排除する措置を取ることができる、と国は示していますが、条例で排除するのは難しいかもしれません。