〈あくまで思考実験です〉スピード違反は何キロまで許されるのか?

東大教授にお題エッセイを頼んでみた
佐倉 統 プロフィール

以下はあくまでもぼくの個人的な主観であって、これによって生じるいかなる不利益・不都合も責任を負うものではないぞ、と断っておいて、+15km/時ぐらいなら、まあOKかな。でも、もちろん、いつでもそうというわけではない。+20はちと厳しいか。+25だとほぼアウトか。では、+18ならどうか? +19はどうか? +18.8は? ……(ちなみにこちらのサイトに速度超過と減点・罰金の関係が一覧表になっている。超過が時速15km未満だと1点減点、15〜20km未満も1点減点だが罰金額が異なる。20km以上25km未満だと2点減点、……となっている)。

よくわからない「基準」「目的」「手続き」

どうやら不文律には、明確な、一意的に決まる基準がないものが多いようだ。

また、明確な目的を見出すことも難しい。

なぜ日本では部屋に上がるときに靴を脱ぐのか? なぜ多少の制限速度オーバーは黙認されるのか? 先に、無用の渋滞を避けるためと書いたが、制限速度を遵守したら本当に渋滞が発生するかどうかは実はわからない。周囲の運転者のイライラだって、制限速度遵守にイライラするほうが悪いとも言える。

また、決まり方の手続きも明確ではない。運転者は、いったいどうやって、この「相場観」を身につけたのだろうか? 我と我が身を振り返っても、いつごろこの不文律を体得できたのか、はっきりとした記憶にはない。教習所で公的に習ったはずはない。車を何度も運転しているうちに、気がつけば、いつの間にか、という感じである。

おそらく、車好きの友人たちとの会話や、雑誌などから得た情報も関係していたと思う(当時はSNSはなかった)。スピード違反でつかまることが罰となって学習したわけでは決してない。

恥ずかしながら、スピード違反で切符を切られたことは何度かあるが、その時はいずれも、「この速度超過はやばいな」と自覚はしていた。学習はもう終わっていたのである。

ざっくり言えば、この不文律は運転者としての「通常の社会生活」を積み重ねていくうちに、《自然と》身につくのである。靴を脱ぐのも同じだ。

AIでもマスターできるかもしれないが…

こういった事柄をAIにマスターさせるのは、かなり難しいだろう。何を報酬と感じるかも、評価の関数も、人により千差万別だからだ。

けれども、大きくは、ずれない。制限速度を30キロ超過しても絶対大丈夫だという人はいないし(もしいたら、その人は車を運転する資格はない)、5キロでも超えたらまずいよという人もそんなにはいない(こっちは、警察官や教習所の教官は「ダメ!」というだろうから、多少はそういう人もいることになる)。

こんなわけのわからない学習が、今のAIでできるのか。

データを大量に集めて統計的に対応すれば良いかというと、そう単純な話ではない。どの道路のどの箇所で車が時速何キロぐらいで走っているかは、道路に設置されている監視カメラの画像などを利用すれば、大量にデータを集めることはできるだろう。

しかし、速度超過の適切な許容範囲は、法定速度と現実速度の差だけで決まるのではない。周囲に歩行者がどれくらいいるか、路上の他の車はどんな状態か、近くにパトカーは見えないか、道路の広さはどれくらいか、などなど、考慮すべき変数がとても多い。それらの変数を統制して、それぞれの条件ごとに十分な量の良質のデータを集めることは、まず不可能だ。

最近普及しはじめたドライブレコーダーのデータを集めれば、ある程度の見当は付くようになるかもしれない。だが、そういうデータをどうやって集約するかという問題が残る。技術的な困難さだけでなく、個人情報保護などの法的・社会的問題も大きい。

などなど、さまざまな条件を総合的に考えると、今の時点では「適切な」速度超過の不文律を自動運転車にマスターさせるのはとてつもなく困難であると言わざるをえない。

だけど、今のは現段階でのAI技術での話。今後、未来永劫にできないかどうかは、わからない。

かなり、とてつもなく難しそうではある。少なくとも、ここ10年ぐらいに実現可能とは到底思えない。

その先はどうか。できそうにもないとは思うが、なにか大きな技術的ブレイクスルーが発見されて、学習可能になったりするかもしれない。

自動運転Photo by Getty Images

そもそも、人間が社会生活の中で学習できている以上、理論的には遠い未来のAIにも学習できる可能性はあるのだろうと思う。

だけどそうなると、問題はもはや技術的な可能性ではなくなってくる。先にも書いたように、そんなに苦労して苦手な学習をAIにさせる技術を開発するメリットがあるのか、ということだ。

そこに社会的・経済的合理性はあるのか。