〈あくまで思考実験です〉スピード違反は何キロまで許されるのか?

東大教授にお題エッセイを頼んでみた
佐倉 統 プロフィール

結論から言えば、今のAIではできないと思う。「今の」というところは大事。これについては後で検討する。

現在のAIは、要するに機械学習だ。人間の脳の神経網を模して作られた回路で学習をおこなうニューラルネットは、そもそもの起源は1950年代。改良を重ねて1980年代に盛んになり、さらに2000年代半ばに開発された深層学習(deep learning)がブレイクスルーとなり、これを実行するだけの計算機パワーが実現したので第3次AIブームが湧き起こった、と言われている。

機械学習がうまく進むためには、明示的なゴールをあらかじめ設定しておくことと、良質なデータを大量に集める必要がある。

チェスや囲碁などのゲームは、目的がはっきりしている。相手のキングを取ること、あるいは相手より多くの陣地を確保すること、である。この目的に向かって、今の時点でどのような選択が最適かを計算するのは、ものすごく超絶複雑な計算ではあるが、あくまでも有限の計算である。また、形式のそろったデータもすでにたくさんある。

有限の探索空間の中で、有限の可能な戦略を比較して、与えられた目的を達成するために最適解を導き出す。効率的な機械学習の手法が開発され、計算機の能力が飛躍的に高くなったことで、こういう計算が速く正確にできるようになった。

これが、囲碁でAIが人間に勝つようになった理由である。

しかし、実社会での不文律を考えてみると、囲碁やチェスとはだいぶ趣が異なることに気づく。

やってみよう。AIに不文律を覚えさせる思考実験

たとえば、「日本では通常、屋内では靴を脱ぐ」という不文律をAIに覚えさせるとする。

まず、従来のAIであれば、「屋内」と「靴」と「脱ぐ」を明示的に定義しておかなくてはならなかった(「日本」も定義が必要だが、日本国内でこのAIを使うことを考えよう)。

ここでの「屋内」の定義は、けっこう難しそうだ。他人の家におじゃまするときは靴を脱ぐが、取引先の職場に入るときは脱がなくても良い。この違いは何か。

大きな建物なら脱がなくていいのだろうか。でも学校ではたいてい上履きに履き替える。しかし、ぼくが卒業した高校は下履きのまま履き替えなくてよかった。大きな建物でもマンションに友人を訪問するときは、靴を脱ぐ。小さな建物でも町工場などでは下履きのままかもしれない。

仕事という場面でオフィスにおじゃまするときは靴を脱がなくてもいいのだろうか。しかし小さなベンチャー企業でマンションの一室をオフィスにしているようなところは、靴を脱ぐ場合もけっこうある。

大学でも、精密な機器を使っている実験室に入るときに上履きに履き替えさせられるところも珍しくない。

「靴」だって難しい。靴とスリッパの違いはなんとかなるかもしれないが、同じサンダルでも下履きのものと上履きのものがあったりする。

靴定義するのは大変だ Photo by Gratisography

こう考えていくと、この不文律をAIがマスターするために必要な条件が、限りなく無限に近いように思える。

そこで、こういったアプローチではなく、実際のデータを膨大に集めて、いわゆる「ビッグ・データ」を解析することでパターンを学習させるのが今のAIのやり方だ。あらかじめ定義を与えておくのではなく、機械のほうでそれを学習するのである。

この方法で従来は解けなかった問題が続々と解決されているのは事実だが、しかしそのためにはたくさんのデータが必要だ。日常生活ではここがネックになる。人々が部屋に入るときに靴を脱ぐか脱がないか、各家庭や職場にカメラを付けて画像データを大量に収集することは、まずできない。

もちろん、だからといって未来永劫、AIがこの不文律をマスターすることが不可能ではないかもしれないが、現状かなり難しいことはたしかだ。

そして、そんな難しい作業をおこなって部屋に上がる時に靴を脱がせる不文律を機械にマスターさせることに何の意味があるのか、ぼくにはよくわからない。

そばにいる人間がその機械の靴を脱がせた方が、よっぽと簡単で安上がりだ。

「ギリギリOK」ラインを考えてみたら

同じことは、昨今話題の自動運転についても言える。

自動車を運転する場合の道路の制限速度を考えてみよう。法的には、制限速度を少しでもオーバーしたら道路交通法違反である。しかし実際には、あまり大きな声で言ってはいけないのかもしれないが、少々オーバーしてもそれで直ちに逮捕されるということはない。

むしろ、制限速度をきっちり律儀に守って走っていると、かえって渋滞が発生したり、他の運手者たちのイライラ感を募らせたりして、路上の自動車群をめぐる環境は悪化する。

実際に車を運転される方は、「仮免許運転中」に遭遇したときのあの空気感を思い出していただきたい。

では、実際のところ何キロまでなら制限速度を超えても大丈夫なのだろうか?