コミュニティと学びなおしの時代

テクニカル・ディレクターという職種の価値や社会的評価を向上させるため、BASSDRUMが力を入れるのは「コミュニティ事業」だ。同社のファウンダーの一人である鍛冶屋敷圭昭氏は、次のように話す。

「BASSDRUMには、国内外の様々なタイプのテクニカル・ディレクターとのネットワークがあります。

メンバーは仕事やポートフォリオ、技術情報だけでなく機材もシェアし、東京・台北・ニューヨークのオフィスを自由に利用することができます。やり取りは主にビジネスチャットの『slack』を用いて行います。

テクニカル・ディレクターは寂しい気持ちになりがちですから、同業者同士で話ができる場は大切ですね。

BASSDRUM所属の条件として、一線でプロダクション・コードを書ける人というものがあります。エンジニアをマネジメントするだけでなく、みずからも手を動かせる職人肌の人材を迎えたいんです。

"具体"をわかっているプレイヤーだからこそ、机上の空論にとどまらず、イノベーションを形にしていくことができます」

テクニカル・ディレクターは、いま流行りのAIやブロックチェーンも含めた先端のデジタル技術に関わる仕事だが、清水氏と同じく鍛冶屋敷氏も、「職人」や「職能団体」という昔ながらの呼び方にこだわっていたのが印象に残った。

それはともかく、彼らはテクニカル・ディレクターという職種に最適化されたコレクティブ(集団)をつくることで、仕事環境やワークスタイルそのものから独自に"クリエイト"しようとしていることが、話を聞くうちに見えてきた。

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それは世界的な動きでもある。

昨年、現代ビジネスにも寄稿したが(「パクれ、学べ、寝ろ!世界のトップクリエイターたちが実践する新常識」)、世界のクリエイティブ業界ではいま、ワークスタイルも含めた新しい仕事のメソッドを試行錯誤する動きが盛んになっている。

そのムーブメントの一端は、著者が翻訳に携わった書籍『クリエイティブ・スーパーパワーズ』にもうかがうことができる。その際にキーワードになるのは、近頃日本でもよく耳にするようになった「学びなおし」だ。

新しい技術の台頭が著しいコンテンツ制作の現場では、学んだことを守り続けるだけでは、世の中の変化についていくことがいよいよ難しくなっている。

言い換えるとクリエイターには、そのキャリアの長さや経験の豊富さにかかわらず、常にスキルをアップデートすることが求められているのである。

少し前までの常識がいきなり非常識になり得る社会。ハードな世の中だが厳しいことばかりではない。たとえ個人発信であっても、その情報が価値あるものであれば(逆に人々を苛立たせるものであっても)、瞬く間に広がるのがいまの世の中だ。

先ほどの清水氏の言葉を借りると「良い音を出していれば」、それなりに評価される社会に日本もなり始めているし、エンジニアの場合は海外で認められる可能性も大いにある。

テクニカル・ディレクターに限らず、フラットな「ホラクラシー型」の組織とフレキシブルな働き方は時代の要請でもある。上意下達の囲い込み型組織では、めまぐるしく変化のスピードに対応できなくなっているからだ。

BASSDRUMの試みが興味深いのは、スタートアップ企業などでは比較的よく見られるワークスタイルや組織運営を、まだまだ"保守的"な日本の広告業界に持ち込もうとしているところである。

こういった動きが今後クリエイティブ職全般、あるいは他産業にまで広まっていくかもしれない。