日本では一度「天才」認定されると…

労働時間削減、待遇改善と同時に、いい仕事をすれば裏方もきちんと評価される。その三位一体を成立させる仕組みとカルチャーがなければ、生産性向上など望むべくもないだろう。

NYでの仕事をスタートする前から、クリエイターとして活躍していた清水氏だが、意外にも自身の仕事がまっとうに評価されていると感じたのは、渡米して以降だという。

「向こうに行った当初、私は技術面だけでなくクリエイティブ全体を統括するディレクターとして仕事をしようとしていたのですが、語学力がハードルとなり、ビジネスを思うように進められないでいました。

そこで自分のキャリアの出発点となったエンジニアの役割に徹しようと思い、コードを愚直に書くといった職人的な作業に取り組んでいると、仕事の相談をくれる人が徐々に増えてきたんです。

ニューヨークは、良くも悪くも真の実力社会。一生懸命やらないと淘汰されます。一方で裏方とされる仕事であっても、良い音を出していればちゃんと拾ってくれる人がいて、きちんと評価してもらえるという手応えを得ました。

でも、日本だとそこがちょっと違うのです。一度メディアから『天才クリエイター』なんてもてはやされてしまうと、その人を見る人たちは思考を停止してしまい、ダメなものを作っても変わらず天才扱いし続けます。

そして、その下で苦労している職人がいたとしても、その人たちはいないもののように扱われてしまう。この状況を変えたいですね」(清水氏)

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こういった課題に向き合うため、BASSDRUMは「職能コミュニティ(テクニカル・ディレクター・コレクティブ)」を謳い、「①囲わない」「②しゃしゃり出ない」「③やめる必要がない」の3つのモットーを掲げる。

同社に参加する人材にBASSDRUM所属を名乗ることを強制せず(囲わず)、個人の功績を差し置いて組織が前に出ることを避け(しゃしゃり出ない)、社員としてフルコミットすることもできれば、ポートフォリオをシェアするくらいのユルいつながりで活動することもできる(やめる必要がない)。

先にも述べたがBASSDRUMのメンバーは、清水氏自身そうであるように他社と兼務したり、個人で仕事を受けることが可能で、ワークスタイルという意味では限りなくフレキシブルに活動できるようになっている。