プーチン大統領の巧妙で恐ろしい「愛国主義政策」ここまで進んでいた

教科書やテレビへの介入は当たり前
西山 美久 プロフィール

「大祖国戦争」の記憶と歴史教育

ソ連崩壊後のロシアでは国家建設の過程で「歴史教育」に関心が集まり、専門家や政治家等を巻き込んで様々な議論が展開された。特に評価が分かれるソ連時代をどのように教科書にまとめるかが焦点となった。

この点、プーチンは「教科書が自国の歴史に対する誇りを育てるべき」と述べ大祖国戦争での勝利に注目した。もっとも、戦勝はロシアの歴史的偉業であり、国民意識を育む道具にしやすかった。問題は、ソ連を勝利に導いたスターリンをどう利用するかであった。

というのも、ゴルバチョフのペレストロイカからソ連崩壊を経て、ロシアでは歴史の見直しが行われ、スターリン評価も一変した。それまでは指導者として好意的に評価されていたが、人権蹂躙など非人道的行為を断行した人物として彼の名が挙げられた。

 

ところがプーチンは、この評価をさらに反転させ、「スターリンはもちろん独裁者だった。問題は彼の指導のもと我が国は第二次世界大戦に勝利したのであり、この勝利は彼の名と切り離せないことだ。この事実を無視することは愚かなことであろう」と言明した。他方、抑圧の犠牲者遺族やロシアで著名な人権団体「メモリアル」等はこの発言に異を唱えた。

スターリン〔PHOTO〕Gettyimages

プーチン発言を受け、2007年にアレクサンドル・フィリポフによる教員用教科書『ロシア現代史』が出版された。驚くべきことに大統領府の直接の依頼で作成された本教科書は、スターリンによる弾圧等に触れる一方で、スターリンが「最も成功したソ連指導者」だと強調している。

プーチンを賞賛するような記述もあり、一部には「(愛国主義を進める政府の考えの)公式の注釈書」といった批判もある。作成経緯から政権の意向が反映されているのは明白であり、学校で実際に用いられている生徒用の教科書にも目を配る必要がある。

「単一歴史教科書」を作らせようとしたプーチン

そこで、ロシア教育科学省が推薦する代表的な歴史教科書を確認しよう。歴史家ニキータ・ザグラジン等による11年生(小中高11年制の最後の学年)用教科書『ロシア史』では、スターリンによる個人崇拝や大粛清の他、ソヴィエト人民のスターリンに対する信頼が戦勝をもたらした旨が記されている。

歴史学者のアレクサンドル・ダニーロフやリュドミラ・コスリナ等による9年生用教科書『ロシア史:20世紀から21世紀初頭』でも、スターリンについて功罪両面が記されている。

教科書では、戦時下での諸民族の貢献も強調されている。ダニーロフとコスリナ等の教科書には、「前線における多民族のソヴィエト人民」との節が設けられ、「ロシア民族が決定的役割を果たした」としつつ、他の全ての民族も祖国防衛に尽力したと説明されている。ザグラジン等の教科書でも「多民族からなるソ連人民が戦争の英雄」と記されている。

だがプーチンは、ある程度愛国主義化が進んだ既存の生徒用教科書にも満足しなかった。2013年2月に単一の解釈と評価に基づく「単一歴史教科書」の作成を提案し、様々な民族、伝統、文化によりロシアが形成された点を示す必要があると語った。

これに対し歴史学者や教師等は、「単一歴史教科書」は権力賞賛につながり、ひいてはスターリン時代の悪名高き『小教程(全連邦共産党小史)』を生む可能性があると批判した。反対論が根強く、教科書画一化は失敗に終わった。

とはいえ、政権が主導する愛国心教育は現場で着実に進められている。