高齢の母にとって「旅」は生きがい

夫が重傷患者だったのに対し、母は高齢とはいえ基本的には健康です。それでも母娘旅が始まる前のことを思い返すと、わたしが40代を迎えたころ、父はすでに亡くなっていて母は一人暮らしをしていました。

楽しいこと、人とおしゃべりすることが大好きな母なのに、父を亡くした後はそれまで日課にしていた公園の散歩を休みがちになっていて、家にこもることが増えているのが娘としては心配でした。それが、初めて行った母娘旅があまりに楽しかったことから、「またこんな旅がしたい」と体力づくりのモチベーションがアップし、毎週の体操教室に欠かさず通ってくれるようにもなったのです。

それでも毎年旅を続けていると、年々少しずつ、でもあきらかに、母の体力が衰えてきていることがわかります。5年前と同じ旅のプランでは母にはハードすぎるし、同じ70代でも前半と後半では疲れず歩ける距離が違います。普段からまめに会うようにはしていても生活を共にしているわけではないので、年1度の1週間の旅行は、母の最新の状態を確認する機会でもあります。

夫の怪我は最悪の状態から少しずつでも快復に向かうものでしたが、高齢の母の体力はゆるやかにでも低下していきます。それはもちろん切ないことですが、ともあれ「今年も旅行に出られたね」と初日の夜に乾杯できることがなにより幸せですし、この旅行の約束によって母の日々に彩りが生まれたことがうれしいのです。だからヨーロッパに行っても、有名観光地巡りをしなくとも、小さな村や街を散歩したり市場をのぞいてカフェでお茶をしたり、それだけで心は十分に満たされます。

フランス・アルザス地方(エギスハイム)にて。篤子さん(写真左)と母との旅は乾杯から始まる 写真提供/太田篤子

最重要事項は「行き先とホテル」

そんなふうに言うと、わたしがとても献身的で心優しい親孝行娘だと思われるかもしれませんが、きれいごとではなく、わたし自身も旅を楽しんでいるのです。そうでなければいくら母が心配とはいえ、10年以上も毎年海外旅行はできません。

実はわたしが旅で最も重きを置くのは「行き先とホテル」、さらに「そのホテルでどんな部屋に宿泊するか」ということ。そこで自分のこだわりを叶えるために、たとえばホテルの立地や部屋からの眺め、母とベッドを分けることなど、少しでも自分のストレスや不満につながりそうなことは出発前の準備段階で周到に対処し、その作業にエネルギーを惜しみません(では具体的にどんな方法で旅先を決め、フライトを予約し、ホテルを決めて部屋を選ぶかということについてはに詳しく書いています)。

つまり、旅先のホテルに到着した時点で、わたしの旅の願望はほぼ叶えられている状態。だから滞在中に何がしたいかと聞かれても実はあまりなくて、だからこそ母に合わせてゆったりと構えて過ごすことができるのです。
 
ストレスとまではいかなくても、相手が怪我人の夫であれ高齢の母であれ、互いの間にモヤッとした空気が漂うときはあります。その「モヤッとした空気が生まれる源はたいてい体の不調である」ということが分かるようになったのも、夫の看病からの学びかもしれません。夫の場合は火傷を負った部分に皮膚を移植する手術の繰り返しでしたから、痛かったり痒かったりすれば当然精神は不安定になり、やはり人間の精神は体に支配されているのだと目の当たりにする思いでした。

母と旅行をしていて、おそらく本人が自覚するずっと手前の段階で母が疲れはじめていることを察知し、こまめに休憩を入れるようにしているのは、その経験もあるのでしょう。夫の火傷の痛みは取り除いてあげることが難しくても、高齢の母の体や脚の疲れは、ちょっとした配慮で回避できるのですから。