「ネパールタウン」化する新大久保の奥の奥に潜入してみた

あるネパール人起業家の1日に密着
TRANSIT編集部 プロフィール

ネパール人が母国に帰っても働ける場所を

インタビューする間も、彼の2台の携帯は鳴りっぱなしだ。それもそのはず、本業である日本語学校や、日本での受け入れ先の調整などのほかにも、新大久保にある複数のレストランの株主としての顔ももち、カトマンズではパン屋をオープン予定。ほかに、カフェやリゾート開発の計画などもあるという。

新大久保に自分が経営する店がいくつかあり、ほかにも都内でイタリアンレストランもオープンさせた。スタッフとコミュニケーションをとるのも毎日の業務のひとつ

1日200本くらい電話しますね。僕はあまり深く考えないです。とりあえずやってみる。考えすぎると動けなくなりますから」

バニヤさんはいわゆるハイブリッドワーカー。いろんな職業を同時にこなす最先端の働き方をしているのだ。

「やりたいことはまだまだたくさんあります。たとえば観光業。日本でしっかりと日本語を覚えた後、その人たちがネパールでも働ける場所をつくりたいので、ネパールに日本人向けのホテルを建てるという計画もあります。あとは日本人の教師や技術者をネパールに連れて行って、IT 系の専門学校もつくりたい」

 

ネパールをよくしたい。だからお金を稼ぐ

昼食は、自分が投資しているネパール料理店でとることが多い。この日もそのうちの1軒を訪れて、遅めの昼食。その間も携帯電話は鳴りつづける。

昼食は基本的にダルバート。株主になっている〈BARACADE Good Times〉にて

「ダルバート(カレー風味の野菜のおかずを中心としたネパール版の定食)はいいですよ。サッと食べられて、すぐにお腹いっぱいになりますから。片手で食べられるから、携帯電話で喋りながらでも大丈夫。行儀は悪いですけどね(笑)」

日本で活躍するバニヤさんだが、その根底には“ネパールをよくしたい”という思いがある。

「日本で通用する人材をネパールで育てることができれば、その人たちが帰ったときに、もっとネパールを発展させられるかもしれない。

僕は基本的にいいことをしたいんです。でもそれをするには、やはりお金を稼がないといけない。ネパールにはそういう考え方をする人がとても少ない。技術や知識なんかも、もちろんだけど、お金を生み出すビジネスをつくる方法を日本から学び取ってほしいんです」

じゃあ、また人に会う用事があるのでここで。そう言って手を合わせると、バニヤさんは颯爽と新大久保の雑踏に吸い込まれていった。

ビスターレ・ビスターレ。ネパール人の合言葉は今の彼には必要ないのだ。

※本記事は「TRANSIT43 カトマンズもヒマラヤも! 愛しいネパール」を再編集したものです。