〔PHOTO〕Dai Iizaka

「ネパールタウン」化する新大久保の奥の奥に潜入してみた

あるネパール人起業家の1日に密着
最貧国のひとつとされるネパールでは、国外によりよい仕事や生活を求める人が後を絶たない。日本にやってくるネパール人も多く、現在東京に住むネパール人は8万人を超えるといわれている。

コンビニエンスストアやスーパーマーケットのレジで、きっと知らぬ間にネパール人に出会っている人もいるはず。TRANSIT43号では、そんな意外な繋がりのあるネパールを特集。

インドと中国という大国に挟まれ、ヒマラヤ山脈に抱かれた小国の現状とは。
そして、日本在住のネパール人たちは2国間でどのような生活を送っているのだろうか。その実態を探るべく、東京のリトルネパールでビジネスを営む男性を取材した。

文:櫻井 卓 写真:飯坂大

「コリアンタウン」から「ネパールタウン」へ

東京にリトルネパールとでもいうべき場所がいくつかある。新大久保、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪など新宿を中心にしたエリアだ。とくに新大久保は、ネパール系のお店の数が40を超える。料理店やスパイスショップはもちろん、ダンスバーなんてものまであるのだ。

東京に住んでいるネパール人は2万7827人(2017年調べ)。そのうち3811人、約13%が新大久保のある新宿区に集中している。

「新大久保は今徐々に、コリアンタウンからネパールタウンに生まれ変わってきています」

そう教えてくれたのは、新大久保を拠点に幅広いビジネスを展開しているバニヤ・ローサンさん。

バニヤ・ローサンさん。新大久保の仕事場は駅から徒歩10分、キッチン付きの6畳。ネパールに帰っている間は知人に貸している

彼が日本にやってきたのは、今から15年ほど前。渋谷にある日本語学校に入学したのがはじまりだ。そこを卒業した後はITを学ぶために専門学校へ行き、日本のIT 企業に就職した。

しかし、あまりの忙しさに限界を感じ、一度ネパールへ帰国する。

「僕はほんとに日本が大好き。娘の名前もMAYUMIにしちゃうくらい。だから、日本で何かできないかと思って、もう一度チャレンジすることにしたんです」

 

日本は「時間の捉え方」がまるで違う

彼の一日は起きてすぐのお祈りからはじまる。窓際の小さな祭壇に祀られているのはガネーシャとラクシュミー。それぞれ商売と豊かさを司るヒンドゥー教の神だ。

祭壇に祀られているのはガネーシャとラクシュミー。バニヤさんはヒンドゥー教徒だが、小さなマニ車も飾られていた

訪れたのは彼の新大久保の仕事場。高円寺にも家があるが、仕事が忙しくなるとここに泊まりこむ。彼のメインの仕事はカトマンズにある日本語学校の運営。そこを経営しつつ、ビザの取得など日本でのネパール人の受け入れ事業も行う。

「だから日本とネパールを行ったり来たりです。今はインターネットがあるから、どこにいても仕事ができるから、いいですよね」

毎朝の家族とのインターネット電話が、バニヤさんの活力であり、リラックスできる時間

朝食を終えると、真っ先にカトマンズへインターネット電話をかけて、家族とコミュニケーションをする。その後はカトマンズの日本語学校へ電話し、さまざまな打ち合わせを。カトマンズの彼の学校に通う生徒は現在約30人。これまで600人以上のネパール人を日本に送り出してきた。

「たくさんのネパール人を日本に連れて来たいんです。僕自身、日本でたくさんのことを学びました。とくに考え方ですね。仕事に取り組む姿勢はネパール人と日本人ではまったく違います

あとは時間の捉え方。ネパール人の合い言葉、『ビスターレ・ビスターレ(ゆっくり、ゆっくり)』は、もちろん素晴らしいと思いますが、仕事でまでビスターレはちょっとね(笑)」