平成に起きた「移民増加という現実」をどう考えるか

「建前」と「現実」のギャップ
下地 ローレンス吉孝 プロフィール

一人ひとりの声に耳を傾けるために

ふたつの日本――「移民国家」の建前と現実』では、複雑な一つひとつのトピックが非常にわかりやすく噛み砕かれて説明されている一方で、捨象されてしまうこともある。

この分野の専門家や研究者から見れば、各トピックの上澄みを単に並べただけだ、と批判を受けてしまうかもしれない。

しかしこのような批判は実際には的を射ていない。

望月氏は、最新のデータや図式、さらに政治学者であるトーマス・ハンマーなどの理論図式などを一貫して用いることで分析に重みを持たせつつ、同時にこのテーマを初めて知るような人が読んでも理解しやすいように筆を進めている。

日本に「移民」は何人いるのか?(『ふたつの日本』より)

現在の日本社会の見取り図を示すことが本書の目的である。さらに詳しい情報や分析について学びたい場合は本書を読んだ後に、各トピックで蓄積されてきた研究書を読めば済む話だ。研究書と新書ではその役割が異なるため、上記のような批判は的を射ないだろう。

また、本書をすでに手にとった方のなかには、望月氏自身がこれまで積み重ねてきた活動、特に当該テーマに直結する「ニッポン複雑紀行」の記事のような内容を期待し、一人ひとりの実際の声をもっと聞きたかった、という意見も出るかもしれない。

しかし、こういった思いを持った方には、現実を見つめる客観的で冷静な情報提示の大切さについて一旦考えてみてほしい。

移民や海外ルーツの人々の声に触れたとき、かれらをめぐる社会的な構造や現実の状況についての前提知識がないままそれらを受け止めれば、ただただ「あぁ、大変だったんだね」「かわいそう」「それでも頑張って来たんだね」と思うだけだろう。それは、本当の意味でかれらの「声」を聞いたことにはならない。

実際には「かわいそう」と片付けるだけでは済まない現実がある。かれらの「声」の背景には、社会のねじれの帰結があり、政府の施策の大きな陥穽の影響がある。

また、かれらの「声」は同時に他人事ではなく、そのねじれてしまった社会に生きる「わたし」という自分自身に直接的に関わる「声」として感じられるはずなのだ。

このとき、「かれら」と「わたしたち」とはそもそも何だろうか。この二分法の捉え方さえも問い直されてくる。

この「声」を聞くために必要なのは現実を知ることだ。そうやって初めて共に生きる他者がお互いに想像力をもって日本社会のあり方について協働していくことができるのではないだろうか。

一見、冷静沈着で歯切れの良い論理的な文章の行間には、望月氏が文字通り足で歩いて出会ってきた一人ひとりの「声」とその重みが込められている。

 

本書のなかに「一人ひとりの語り」を求めてしまった人は、本書を読んだ後に、再び、ニッポン複雑紀行の記事へと戻って欲しい。

本書を読んだ上で、その一つ一つの記事に触れたとき、何が本当の意味で「聞こえてくる」のだろうか?

身の回りにいる、コンビニのアルバイト、留学生、友達、同僚。

なかなか見えてこないような、目の前のコンビニ弁当や家電製品を工場で作って梱包して発送している人々。建設業で日々重労働をこなす人々。自分の身の回りにある存在を思い浮かべながらその声を聞いてみてほしい。

それを、本書を手にとって、ぜひ体験していただきたい。

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