平成に起きた「移民増加という現実」をどう考えるか

「建前」と「現実」のギャップ
下地 ローレンス吉孝 プロフィール

「ふたつの日本」――「建前」と「現実」のギャップ

「移民」

この言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。

ある人はこう思うかもしれない。

「移民は新しい現象であり、海外の問題だ」

「日本社会には移民はいない。これから受け入れることに戸惑っている」

果たしてそうだろうか?

〔PHOTO〕iStock

日本政府は外国人受け入れについて、「それは移民政策ではない」という姿勢を崩さない。

しかし、冒頭にも述べたように、すでに日本社会には実際に多くの「移民」が共に暮らしている。しかも、何十年にもわたって。

かつて留学生として日本へやってきた一人が、その後に労働者として日本の経済の一端を支え、やがて日本で結婚し子どもを生み育て家族をもち、地域社会の一員として暮らしている。

そんな一人ひとりの存在が、増加する外国人人口のグラフや数値の背景に広がる現実である。

移民は日本とは関係がない事象であると捉えられてしまう背景には、この建前と現実とのギャップが大きく関係している。

もちろん移民の受入は、海外のいわゆる移民国家からは遅れをとっている。しかしながら、日本社会は建前では移民国家でなくとも、望月氏の言葉を借りれば現実にはすでに「遅れてきた移民国家」なのである。

建前と現実とのダブルスタンダートが、本書のタイトル「ふたつの日本」に込められている。イメージの中で描かれた日本国家と、すでに多くの人が肌で直接実感している日常の現実との大きな隔たりが、「ふたつの日本」をつくりだしているのだ。

では、このような「ふたつの日本」はなぜできてしまったのだろうか?

望月氏による本書は、政府を中心に作り出されてきた「建前」を確認しつつ、実際にはどのような「現実」があるのかを丁寧に一つ一つ整理しながら読み解いていき、その「なぜ」を徹底的に追求していく。

 

あまりにも複雑な「移民」の現実を把握する

これまで外国人政策をつくってきた自民党政権は、「保守」と「経済界」に大きな支持基盤を持っている。

外国人は受け入れてもいつかは帰国してほしいとする保守派と、深刻な人口減少や労働力不足に対処せよとする経済界とのバランスをとるように日本の外国人受け入れ政策は作り出されてきた。このバランスをとるために生贄にされてきたのが「移民」という言葉であるという。

しかし、日本は移民国家かそうではないか、といつまでも押問答を続けてもらちが明かない。望月氏の言葉を引用する。

どんな政治的立場に立つのであれ、大切なのは政治的な言葉遊びに惑わされずに現実を見ることだ。現実はといえば、どの定義を選ぶのであれ、日本に「移民」は存在するし増え続けている。「移民」ではない、「移民政策」ではない――どんなにその呪文を唱えても、この現実自体が変わることはない。(『ふたつの日本――「移民国家」の建前と現実』24ページ)
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