脳と心は同じもの?人類最大の謎「意識のハードプロブレム」とは何か

「物質と非物質の関係」という難問
山本 貴光 プロフィール

古くて新しい問い

この20年くらいのことだろうか。「脳」や「脳科学」といった言葉もすっかりお馴染みになった。

一時期ほどではないものの、いまでもまだ「論理的な左脳タイプと創造的な右脳タイプ」とか「男性と女性は脳のつくりが違うから云々」といった論拠の怪しい俗説、「神経神話」が流布されているのを目にするし、「脳科学によれば」といいながら、実は脳科学とは関係のない心理学の実験結果や適当な人生論のような説明を見かけることもある。俗耳に入りやすいためか、そうした話は各種メディアにもしばしば登場する。

だが実際には、そうした人間のタイプや個々人の心の状態を説明できるほど、脳についてなにかが分かっているわけではない。それを言うなら、人工知能とはいうけれど、いまだに私たちは知能がなんであるのかということさえ分かっていないし、合意に至っていない。

感情についても同様だ。あるいは人間はある自然や社会の環境のなかにいて、他人やさまざまな事物とやりとりをするなかで物事を認識したり、体を通じて情動を感じたり、思考を働かせたり、なにかを欲したりする。だから人間を理解しようと思ったら、脳だけ見ていても足りないだろう。そういう見方もある。

 

心脳問題とは、一方で哲学において長きにわたって検討されてきた課題であり、その限りでは、哲学者ならぬ私たちにとってはどうでもよい問題のようにも思える。

でも、見方を変えて、こんなふうに考えてみることもできる。心と脳をどのように結びつけて考えるのが妥当なのか。そうした問いがあること自体を知らないと、そこここで耳目に入る心や脳にかんする情報の真偽も区別がつかず、とんだ与太話を信じ込むことにもなりかねない。

どっちに転んでも罪のないような話をしているうちはよいけれど、これが脳に良い/悪いと謳われる食べ物や、薬といった健康や、子供の教育なんてことに絡んでくると、笑って済ませられなくなってくる。

そんなとき、心脳問題を一種のチェック項目として頭に入れておけば、疑似科学や偽知識を見分ける助けになる。もちろん、これに加えて脳科学や心理学でなにがどこまで分かっているのかといった事実をチェックすればさらによい。科学の専門誌や論文を読むのは難しくても、適切に書かれた解説書や記事を読むという手もある。

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さらに視野を広げてみるなら、心脳問題は、心や脳を通じて私たちが人間をどんなふうに理解できるかという、古くていつまでも新しい問いにもつながっている。

私たちは学校や試験で訓練されすぎたせいか、つい問いよりも答えを求めがちだし、そのほうが効率がよいと思い込んだりもする。だがむしろ、すぐに答えの分からない問いこそが、その疑問をめぐってさまざまな可能性を検討するチャンスをつくり、結果的に私たちの思考を深めてくれるものだ。

心脳問題は、他ならぬ私たち自身に関わる「大きな謎」として興味深い問いである。一方で、そんなふうに思考や判断に使える便利な道具のひとつとして、頭の片隅に入れておいても損はないと思う。