発泡スチロールの小さな家をせおって日本中を歩いて気づいたこと

家とは何か、公共とは何か
村上 慧 プロフィール

細かい営みが輝いていて泣けた

これは2014年5月7日の間取り図。

お寺の軒下を敷地として借りている。お墓がすぐそばにある。夜は真っ暗になるけど怖くはない。

家を置いた時点で、そこが「ホーム」になるので、なんとなくお墓は「敵対する感じ」ではなくなる。仮にお墓に幽霊がいるとしても、彼らが「こちら側にまわってきてくれる」感覚がある。

またこのような場所で眠ると、鈴虫やコオロギはとてもうるさいことがわかる。数十センチの距離で聞く彼らの鳴き声は騒音以外の何物でもない。虫の声が騒音になるなんて、借家で暮らしていた時には想像したこともなかった。

(虫の存在はこのプロジェクトを始める上でも大事だった。幼い頃の僕は虫が好きで、セミやバッタやチョウやトンボやカマキリや、時には毛虫も捕まえて観察していた。人間と同じ空間にいながら、人間とは全く違うルールのもとで生きている虫たちを観察して、彼らから見た世界を想像すること。同じ場所ながら、別の在り方が存在すること。それが僕の制作活動にヒントを与えてくれていると思う)

発泡スチロールの家は重いし目立つので、持ち歩いている最中はとても「邪魔」だと感じている。なので敷地を借りることに成功して家を肩から下ろすときの開放感は格別だ(これはやってみた人にしかわからないだろう)。

敷地を借りて家を置いたらすぐに町へ出かける。出かけたら、家には眠るときまで帰ってこない。町に出かけてご飯を食べたり洗濯をしたり散歩をしたりする、それから帰ってきて日記を書いてから眠る。

そうやって町を自分の家にしてから散歩すると、それまでと印象が違う。感覚としては家の中にいるので、知らない人に話しかけるハードルも下がったりする。その土地で暮らしている人達の細かい営みが輝いて見えてきたりする。

自宅の前を掃除しているおばちゃんとそこを自転車で通りかかったおばちゃんが、天候を話題にしながら挨拶を交わすところや、家の中から聞こえてくる子供の声や、野菜や牛乳なんかがたくさん入ったビニール袋をぶら下げて歩いている人など、そういう人々の動作に、その土地で生活を営んできた時間が反射されているようで、眩しい。ベランダに干されている洗濯物がとても美しいものに見えて、泣けてくることさえある。

 

「書くこと」は、「家に帰る」こと?

この生活をかれこれ5年ほど続けていて、家の役割についてひとつわかったことがある。それは、家は経験を処理する場所になるということだ。別の言い方をすれば「昨日と同じ人に会える場所」であるということ。

例えば家族や仲間と共に住むことで、家はその日に経験したことを適切に処理するための場所になる。これが、日々生きていくうえでとても大切なことだということがわかった。昨日と同じ人に会って話をすることでようやく1日を終えることができる。

しかし僕はこの生活のあいだは昨日と同じ人に会うことがとても少なくなる。そこで僕は自然と日記を書いていた。

この生活をしているあいだは、日記を書かないと、1日が終わらないような気がして気持ちが悪い。僕にとって日記を書くということは、家に帰るということと近い。

この生活をやっている間は毎日新しい人に会う。毎日新しい人に会うのは結構疲れるものだ。耳としては新しい話がたくさん聞けるのは面白けど、口としては毎日同じ話をしなくてはならず、そんな毎日への対抗手段として日記を使って自分に語りかける、という方法をとっているのかもしれない。

ヴィレム・フルッサー(彼はプラハのユダヤ地区出身で、ナチスから逃れてブラジルに亡命した哲学者だ)がこう言っている。

「慣れた場所、通例の場所がなくては、われわれは何も経験できないなのである。慣れないもの、異例なものは雑音だらけで、慣れたもの、通例のもののなかで処理されて始めて経験となる。~観光旅行をしてみればすぐ判る。観光者の経験と住民の経験の違いは、観光者が当該地方の構造を経験するのに対し、住民はその構造の中で移り変わる様々の現象を経験する、という点にある。観光者にとってその構造は異例であり、雑音として自分の習慣に組み入れられてはじめて、経験されたということになる。従って、住居のない観光者などというものは定義上あり得ない。住所不定の彷徨者は何も経験せず、「あちこちと」回るにすぎない。つまり、カオスの中をさ迷うにすぎない」(東京大学出版会『サブジェクトからプロジェクトへ』村上淳一訳、P76)

ちなみに先ほど紹介したジョージ・オーウェルは「パリ・ロンドン放浪記」を書くために、3年間ほど自分の身を意図的に極貧生活の中に置いていた。

そのなかでオーウェルは多くの物乞いや皿洗いや失業者に出会い、彼らの生活を描いている。オーウェルは、彼らが生まれつき「ダメ」だったのではなく、環境がそうさせたのだということを書いている。

ではなぜオーウェルは、彼らと同じ環境にいながら、彼らの生活を「経験」できたのか。

それは「書いていたから」だと思う。書くことで、カオスをさまようだけの彷徨者にならずに住んだのだと思う。オーウェルにとっても「書くこと」が、ある意味で「家に帰る」ことだったのではないかと思う。