家と共に日本中を歩いていて頻繁に思うのは、座るところがないということだ。
スーパーでお弁当を買っても食べる場所がない。町にイスが足りない。イスがないというのは、滞在する場所がないということだ。
町には「通り道」ばかりがある。通り道以外のところは、だいたい滞在するのにお金がかかる。イギリスの作家ジョージ・オーウェルは90年前のロンドンについて
「われわれは不思議にいろいいろなことに気がついていないものだ。私はすでに何度もロンドンへ行っていたのに、この都市の最悪の問題には、その日まで気がつかなかった。-すわるにも金がかかる、ということである」(岩波文庫『パリ・ロンドン放浪記』小野寺健訳、P205)
と言っているけど、それは今の日本も同じ状況だ。
街は通り道としてしか使われていないが、僕はそうはいかない。家を24時間肩に背負っているわけにはいかず、夜には眠る必要がある。眠るためには、家を地面に接地させなくてはいけない。
しかしすでに書いたように、 家を地面に接地させると3種類の人たちから目をつけられる。
そこでどうするかというと、敷地を借りる交渉をする。土地の持ち主に対して「家を置かせてもらえませんか?」と聞く。土地を持っていて、ある程度公共に開かれている場所を探す。
僕はお寺や神社によくこの交渉する。他にも温泉施設の駐車場や、公民館や、美術館や、ショッピングモールの駐車場や、廃墟になったマンションの中や、普通の一軒家の庭などにも家を置かせてもらってきた。
敷地を借りるのは眠るためだけではなくて、僕のただの発泡スチロールの家を、ちゃんとした「家」にするためにも必要なことだ。
僕の家は家型をしているのでみんな「家」と呼ぶのだけど、いわば「寝室」でしかなくて、それだけでは家としては不十分で、トイレもお風呂もない。
それはどこにあるかというと、町のなかにある。僕は「間取り図」と呼んでいる。
公衆便所がトイレに、銭湯がお風呂場に、コインランドリーが洗濯機に、カフェがオフィスに、コンビニがWiFiスポットになる。
町全体を自分の家に見立てて、自分はその大きな家に住むという形をとる。発泡スチロールの小さな家に住み始めたはずが、いつのまにかとても大きな家に住んでいる。