ブレクジットの背後でうごめく「帝国2.0」という奇妙な思想

「アングロスフィア」を夢想する人々
馬路 智仁 プロフィール

「ヨーロッパのオルタナティブ」という意識

もちろん、このような政治家や政策アドヴァイザーたちがいつも本気でCANZUK連合やアングロスフィアの構築を追求したり、提唱しているわけではない。彼/彼女らはこれら構想を、2016年の国民投票での脱退票やハード・ブレクジット路線を煽るための単なるレトリックや方便としても用いている。

しかしながら一方で、CANZUK連合やアングロスフィア構想が、ブレクジットをめぐる近年の混迷以前の1990年代から、EU統合の深化へ反発する形でイギリスにおけるヨーロッパ統合懐疑主義者(Eurosceptics)によってたびたび提起されてきた事実を無視することもできない。

確実に言えるのは、単なるレトリックであれ、あるいは真剣な努力を伴った構想であれ、イギリスや他の関連諸国における一定数の論者にとって、世界の大洋を跨ぐ英語圏諸国の連帯や統合というヴィジョンが、「ヨーロッパのオルタナティヴ」として存在している。

〔PHOTO〕Gettyimages

なお、「アングロスフィア」はかつての大英帝国の残影ともいえる「コモンウェルス(英連邦)」と必ずしも同一ではない点に留意しておく必要があろう。言葉の上でも‘Anglosphere’は ‘British Commonwealth’、あるいは単に‘the Commonwealth’よりもはるかに新しく、それは、1995年に刊行されたSF作家ニール・スティーブンスンのサイバーパンク小説『ダイヤモンド・エイジ』の中で用いられたのが初出とされる

また、上に挙げたイギリス人の欧州議会議員ダニエル・ハナン——ペルー生まれの著述家でもあり、フリードリヒ・ハイエクにかこつけた『隷属への新たな道』(The New Road to Serfdom、2010年)などを執筆している——は、アングロスフィアとコモンウェルスを政治的価値観の観点から区別する。

ハナンによると、イギリスと他の英語圏諸国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、そしてアメリカ)の間の根本的な紐帯は自由・民主主義・法の支配であり、権威主義体制や独裁政権を持つ国をも包含するコモンウェルスとアングロスフィアは、地理的に重なり合う部分はあるものの、同一視されるべきではない(『自由の創造』(Inventing Freedom, 2013年))。

 

それは「空虚な幻想」なのか

それでも批判者たちは、このようなアングロスフィア構想やCANZUK連合を「帝国2.0」と呼び、地政学的、人口動態的、さらに経済的、文化的観点から判断しても、実現可能性の乏しい空虚な幻想にすぎないと指弾する。筆者の私も、そのような批判の方が正当であると考える。

批判の要点は、上述したような保守党系論者がイギリスのかつての移住植民地、すなわち現在の英語圏諸国の今日的状況をあまりに軽視していることにある。

たとえば地政学的に考えても、北米カナダやオーストラリアは、それぞれの地域——オーストラリアの場合ならばインド洋・太平洋地域——において複雑な戦略的利害を抱えており、遠く大西洋岸に位置するイギリスとのより緊密な政治的統合や政治的一体性の強化に向かうことはなかなか想定しづらい。

人口動態的に見てもこうした国々は、長年の移民流入の結果、エスニシティの構成において現在きわめて多様な状況にある。アングロスフィア論者は、そのアングロスフィアの紐帯としてイギリス人とかつての移住植民地に住む「同胞」・「子孫」が共有する(とされる)政治・文化的伝統や価値観を掲げる。

が、しかし、そのような今日におけるエスニシティの多様性を鑑みると、たとえそうした伝統・価値観が存在するとしても、紐帯としての役割を担うための浸透度合いに対しては大きな疑問符が付されよう。