ブレクジットの背後でうごめく「帝国2.0」という奇妙な思想

「アングロスフィア」を夢想する人々
馬路 智仁 プロフィール

論説の中でロバーツは、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、連合王国——英語名の頭文字をとって「CANZUK」——のより緊密な統合を訴える。

これら英語圏諸国は、自由貿易や人の自由な移動、相互防衛に基づく新たな政治的連合を形成する必要がある。そのようなCANZUK連合は、1973年におけるイギリスの欧州共同体(EC)への参入によって一度は粉砕された「英語諸国民の夢」に他ならない。ヨーロッパ大陸からの離脱を意味するブレクジットは、この長年の夢を追求する絶好の機会なのである、とロバーツは主張するのである。

今日のイギリスにおいて、一定数のアドヴォカシー組織(支援団体)や論者が、このような地球上に散らばる英語圏諸国の連帯強化を求める構想や言説を共有している。アドヴォカシー組織としては、CANZUK InternationalCANZUK UnitingGlobal Britainなどのネットワークが人目を引く。

なお、大西洋を隔てたアメリカ側にもカウンターパートが存在していることも注目に値する。そうした団体として、たとえばThe Anglosphere Societyが挙げられる。

 

個々の論者にいたってはきわめて多岐にわたり、有名な政治家から抽出すれば、デヴィッド・デーヴィス(David Davis、2018年7月までテリーザ・メイ政権下でのブレクジット担当大臣)、リアム・フォックス(Liam Fox、メイ政権における国際貿易担当大臣)、マイケル・ゴヴ(Michael Gove、近年の保守党政権で閣僚を歴任)、ダニエル・ハナン(Daniel Hannan、欧州保守改革グループに属する欧州議会議員)、マイケル・ハワード(Michael Howard、元保守党党首)、ボリス・ジョンソン(Boris Johnson、元ロンドン市長、2016年7月から2018年7月まで外務・コモンウェルス大臣)をはじめとした保守党系の人物がこのカテゴリーに名を連ねる。

ボリス・ジョンソン元ロンドン市長〔PHOTO〕Gettyimages

また、2017年6月の総選挙までメイ首相の首席補佐官を務めたニック・ティモシー(Nick Timothy)については、19世紀末から20世紀初めに活躍したジョセフ・チェンバレンの賞賛者であることがしばしば取り沙汰された。

チェンバレンは20世紀初頭における関税改革運動の代名詞的存在であり、「帝国特恵関税」(帝国のなかでは関税率を抑える政策)に基づくイギリスとドミニオン諸国——すなわちカナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった現在の英語圏諸国——の政治統合を訴え、大英帝国の強化を図ろうとした政治家である。ここにもかつての帝国やブリティッシュ・ワールドに対するノスタルジックな回帰意識が窺われる。

ジョセフ・チェンバレン〔PHOTO〕Gettyimages

さらに、より広範な言論界に目を転ずれば、イギリスのみでなくアメリカやカナダ、オーストラリアなど他の関連諸国に跨って、様々な分野の知識人・実業家がこれに加わる。

アングロスフィア建設に向けてのマニフェスト『果敢さの時機』(A Time For Audacity、2016年)を執筆し、英語圏に共通する言語・法・歴史・統治の伝統の役割を強調したアメリカ人企業家ジェームズ・ベネット(James C. Bennet)や、CANZUK間の人の自由移動を訴える請願に(2018年半ばまでに)約25万人の署名を集めたバンクーバー在住の法律家ジェームズ・スキナー(James Skinner)は、その端的な例である。

少々意外な(?)ところでは、イギリス・アメリカ両国で活躍したソ連史家ロバート・コンケスト(Robert Conquest)の名を挙げることもできる。2015年に死去するまでの晩年、コンケストは連邦制未満ではあるものの同盟以上には強固に制度化された「アングロ=大洋的」(Anglo-Oceanic)政治共同体の樹立を唱えていた(詳しくは、Michael Kenny and Nick Pearce, Shadows of Empire: The Anglosphere in British Politics, Polity Press, 2018やPhilip Murphy, The Empire’s New Clothes: The Myth of the Commonwealth, Hurst, 2018を参照)。