日本が「都合のいい外国人」を求め続けてきた30年を振り返る

Session-22✖️現代ビジネス
荻上 チキ, 山口 元一

かつて研修生は「労働者」ではなかった

チキ 最初の研修の段階では、海外に支店を持つ企業に、まず日本で研修をしてもらうというような想定をしていた制度ではあったわけですよね。

山口 1981年の制度創設時点ではそうでした。

しかしそれも、1990年に「団体監理型」という制度が導入されると、個々の企業が研修するのではなく、監理団体が間に入り、現地で人を集め、日本で各企業に差配する形式になってきます。それが技能実習制度の導入、研修と技能実習の一体化と相まって、徐々に制度が変質していくのです。

チキ 「現地ブローカーと日本の監理団体」という構図が1990年代前半には作られていったということになりますね。

当時の技能実習制度と今の制度にはどういう違いがあるんでしょうか。

山口 当時の技能実習制度は、研修に引き続く制度として設計されていたわけですが、そもそも研修生が労働者ではないとされていました。

それが2010年に在留資格としての「技能実習」が創設されて、在留資格「研修」はことばの意味通りの座学になり、従来の「研修」とされてきた期間が「技能実習1号」、「技能実習2号」と変わった。それによって、建前としては、「技能実習」の間は労働者だと認めてもらえるようになったんですね。

 

ただ、こうした制度の変更にもかかわらず「国際貢献」という建前には変りありません。そして、2006年に先ほどの法務副大臣プロジェクトチームが作成した文書ではすでに、「国際貢献」というのは単なる建前で、とくに団体監理型においては制度の目的を離れ、実態としては低賃金単純労働者の受け入れになっていることは認めているのです。

チキ 法務省は2006年にそれを認めた。そこで、制度を改めようという話にはならなかったんですか?

山口 将来的に改めようという「方向性」は打ち出しています。それを実際に「新しい在留資格」という形で打ち出すのは、2018年まで待たなければならなかったということです。一応問題視はしていたし、やはりいつまでも続けていられる制度ではないということについての自覚は、法務省も2006年の段階ではすでに持っていましたね。

チキ なるほど。本音と建て前がどんどんズレていくというか、本音がどんどんダダ漏れになっていて、建前を誰も信じなくなると。それが1990年代中盤から2000年代にかけての動きだと思います。

【後編】へ続く

山口元一:弁護士。第二東京弁護士会所属。1965年東京生まれ。一橋大学卒。日興證券株式会社(現:SMBC日興証券株式会社)、アーサーアンダーセン・アンド・カンパニー(税務部門)等を経て、1998年に弁護士登録。著書に『ブエノス・ディアス、ニッポン』(ななころびやおき〔ペンネーム〕・ラティーナ、2005年)、関与した裁判例は最判平成20年6月4日判タ1267号92頁(日本国民である父と日本国民でない母〔フィリピン人〕との間に出生した後に父から認知された子について届出による日本国籍取得を認めていない国籍法3条1項が、憲法14条1項に違反するとした例)など。
荻上チキ:1981年生まれ。評論家。元「シノドス」編集長。NPO法人ストップいじめ!ナビ代表理事。ラジオ番組「荻上チキ・Session-22」(TBSラジオ)パーソナリティ。同番組にて、2015年度、2016年度とギャラクシー賞を受賞。近著に『いじめを生む教室』『日本の大問題』など。