日本が「都合のいい外国人」を求め続けてきた30年を振り返る

Session-22✖️現代ビジネス
4月から現代ビジネスとTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』のコラボがスタートします! 第1回となる今回は、昨年11月26日に放送され大きな話題を呼んだ「入管法の歴史」を編集してお届けします。

昨年12月に可決された改正出入国管理及び難民認定法(以下、改正入管法)が、4月から施行されている。

だが同法は問題だらけだ。従来の「技能実習制度」にも問題が多々あったが、改正入管法でその難点が解決されたとは言い難い。なぜ問題含みの法律が施行されてしまうのか。

それを理解するためには、日本政府が外国人の受け入れについて、これまでどのようなスタンスをとってきたのかを確認するのが一番だ。

1990年の日系人の受け入れや1993年の技能実習制度の創設、そして2010年の技能実習制度の変更…それらの背後に見え隠れするのは、「都合のいい労働力」として外国人を捉える視線だ。

外国人の在留資格について数多くの裁判を担当してきた弁護士の山口元一氏に、評論家の荻上チキ氏が聞いた。

1990年改正の本当の目的

チキ 入管法改正をめぐる国会の議論は、生活者、移民としての外国人という議論を避けていました。このような議論の仕方を山口さんはどのようにご覧になっていますか。

山口 はい、日本は外国人労働力の受け入れに関して40年くらいの歴史がありますが、今回の入管法の改正は、1990年の改正入管法――これは改正が89年で施行が90年なのですが――その時以来、試行錯誤を繰り返しながら日本が一貫して追い求めてきた「外国人像」を純粋な形で表現したものと受け止めています。

今(2018年11月時点)行われている改正の議論は、喫緊の課題である労働力不足、人手不足に対応するためと言われていますが、そうした視点だけでは見落としてしまうことも多い。これまでの改正の歴史の中で「日本が求めてきた外国人像」というのは、かなり一貫しており、今回の改正もその延長線上にあるということを知っておく必要があると思います。

チキ 今回の改正をメディアで報道するとき、「日本の形を大きく問うような法改正である」と表現することがよくあります。しかし一方で、過去の外国人政策のあり方を振り返ると、今回の改正は、これまでの政策の考え方を拡大しているように見えるわけですね。

山口 まさにその通りですね。

チキ では、ポイントごとに入管法改正の歴史について教えていただきたいと思います。まずはこちらから。

1990年 入管法改正
日系人の受け入れはどのように決まったのか

チキ 日本の法律で最初に「様々な外国人を受け入れる」という方針を取ったのは、どのようなタイミングで、どういった背景を持っていたのでしょうか。

山口 周知の通り、1980年代後半以降、日本はバブル景気に沸き、人手不足が深刻化していきました。1990年の入管法改正は、そうした人手不足を背景に行われた改正です。背景事情そのものは争いようのない歴史的な事実です。

ただ、人手不足という背景があるという点については争いがないのですが、議論があるのは、そうした背景のもとで採られた政策が、建前は別として本音のところでどういった「目的」を持っていたのかということです。当時の政策担当者はさまざまな発言を残していますが、必ずしも明確ではありません。

 

チキ 人手が足りないので、外国人を受け入れましょうという議論は今とも重なるところはある。しかし実際のところ、どういった理由・目的で政策は推進されたのか。そこは詳らかになっていないと。当時の政策はどのようになっていたのでしょうか。

山口 当時、日系人の受け入れに際して、これは今でも維持されている説明ですが、政府がさかんに強調していたのは、「労働力不足の解消のためではない」という点です。

当時の政策担当者は、「自身のルーツ探し」や「親族との交流」を希望する日系人に来日の便宜を図る目的で法律を改正するのだ、と説明をしていました。

チキ 受け入れるのは外国人一般ではなく、日系人に限っていたということですか。

山口 そうですね。ただし、日系二世は1990年の改正以前にも、「日本人の子」として入国が認められていました。三世以下、そしてその家族については個別の審査で認められ得るという扱いになっていました。

1990年の改正で新たに入国が認められるようになったのは、日系二世の配偶者、それから日系三世、日系三世の配偶者、日系四世です。このカテゴリーに属する人たちが一律入国を認められるようになった。

しかし、新たに入国を認められた人は、日系人の配偶者であったりするわけですから、実際に入国する人の相当数を占めるのは必ずしも日系人ではない。「日系人」というよりも「日系人の家族」ですよね。そういう方を受け入れることこそが、1990年改正の主眼だったと言えそうです。

しかもその際に認められていた在留期間は、当初は1年、または3年で、さらに更新することが予定されていた。ただ、日系人の方が何年もかけて、しかも夫や妻、未成年の子供まで連れて日本にルーツ探しに来たり、日本の親族と交流したりするニーズが本当にあったのか、というと、かなり疑問です。

しかも、日本人の南米の移民には、20世紀初頭からの長い歴史があるのに、政策担当者がそうしたことを1990年頃に突然考えるようになったのか、という疑問もあります。だから、「日系人のルーツ探しのため」という主張は、額面通りには受け止めづらいと思います。