元経済ヤクザが地下情報から読み解く「米朝会談決裂の深層」

核と暴力とアンダーグラウンドと
猫組長(菅原潮) プロフィール

暴血国家・北朝鮮の本質

こうして合理的に核保持の理由を消去していくと、金正恩氏が核を手放さないのは、自らを囲む暴力に対する自衛のため、という理由が導き出される。自らを囲む暴力とは、すなわち「朝鮮人民軍」である。簡潔に説明しよう。

北朝鮮のトップになるためには「暴力」と「血」を引き継いでいる必要がある。

まず、「暴力」。法ではなく粛正によって治安を維持している北朝鮮にあって、暴力は国家を統治する手段の根幹となっている。朝鮮人民軍をはじめとする暴力装置を掌握することが、北朝鮮の首領に求められることは言うまでもない。

一方で「金王朝」と呼ばれる北朝鮮では、初代国家主席・金日成に連なる「白頭山血統」と呼ばれる「血」を引いていることが求められる。どれほど頭脳が明晰で、カネを持っていっても、「血」を継いでいない者は権力の中枢にいることができない。北朝鮮が「金王朝」と呼ばれるのはこのためだ。北朝鮮は、法治国家とは真逆の「暴血国家」と言えるだろう。

 

しかし金正恩氏の母は、金正日氏の愛人であり、在日朝鮮人帰国者の高英姫だ。純血を第一とした金日成は、息子・正日と高英姫の結婚を認めず、母子を首都・平壌にさえ住まわせなかったともいわれている。

また若くして主導者となった金正恩氏には、軍事的な功績がほとんどないため、朝鮮人民軍のリーダーたる正統性も欠けている。金正恩氏は血の正統性も暴力の掌握も不完全な状態で、北朝鮮という国の頂にいる。極めて不安定なのだ。

こう考えると、血の正統性は補完することができない以上、金正恩氏が北朝鮮のトップに君臨するためには、「圧倒的な暴力」を持って、それを頼りにするほかない。その「圧倒的な暴力」こそが「核」なのである。

暴力団においては、暴力こそが財力を生み出し、求心力を高め、組織ガバナンスを維持するための根源となる。組織のトップとなるためには、配下の人間より強い暴力を持っていなければならないことは、暴力の世界では当然のことである。

引退の意思を表明した組長の多くが無一文になってしまうのも、彼らが引退とともに暴力を放棄するためだ。力なき所には、人も、カネも集まらない。そして、いつ自分の命が狙われるのかという恐怖にさらされながら生きていくことになるのだ。

もしもいま、金正恩氏が核を放棄すれば、それはすなわち「統治のための力の源泉」を失ってしまうことを意味する。少なくとも父・正日よりも血の正統性が希薄な金正恩は、核という暴力装置を失った瞬間に、かの国の頂に立っている理由を失ってしまうのだ。

18年1月1日、金正恩氏は、新年の辞として「核のボタンが私の執務室の机に常に置いてある」と発言している。核という強大な暴力の独占は、北朝鮮人民軍という「暴力装置」の反乱を抑止し、コントロールする要素になっているはずだ。死なばもろとも、ではないが、北朝鮮の核ミサイルは、現状、国内に向けられていると見るのが正しい、と私は思っている。

金正恩氏に核放棄の意思がありながら「一度にすべてを手放す」ことができないのは、「暴血国家」における王の資格を失ってしまう可能性があるから、なのだ。

米朝会談終了後、アメリカ国務長官のマイク・ポンペオ氏(55)は、「金正恩は準備できていなかった」と発言した。

なんの準備が? 核放棄の準備ではない。核放棄をしたあとに、それでも北朝鮮のリーダーであり続けるための準備が出来ていなかった、ということだと私は受け取っている。

暗黒街の事情を抱えて「懐柔」と「忍耐」へと変節したトランプ氏。「暴血国家」のトップとして「圧倒的な暴力」の破棄を選択できない金正恩氏。

そんな二人の交渉の最適解が、「合意」でも「決裂」でもなく、「立ち去る」ことになるのは、必然だったのだ。