「責任取れるの?」100億円のディールと、エリート女性同僚の忠告

東京マネー戦記【7】2000年夏
森 将人 プロフィール

その規模に不似合いなほど大きな投資をしようとしている投資家に、ぼくはどんな助言をすればよいのだろうか。相手もプロの投資家だが、冷静に判断できていない可能性がある。再考を促してもよかったが、放っておけば他社で取引が進んでしまうかもしれない。

ぼくが選ぼうとしていたのは、自分の考えを表明しない道だった。決めるのは、すべて投資家なのだ。自分の判断を棚上げしてしまえば、後は流れに身を任せるだけだ――。

気になるのは、自分の判断次第で、G信金の経営破綻のボタンを押してしまいかねないことだった。お客さんに負わせることのできるリスクかどうか、あなたは本当に考えたの? 条件提示の期限が近づくにつれ、何度も頭にちらついたのは藤井の言葉だった。

 

ディールを取りに行くか、否か

提案の締め切り当日、ぼくは悩んだ末に財布から10円玉を取り出した。表が出たらこのままディールを取りに行き、裏が出たら取引を止めさせる。コインに選択を託してしまえば、どれだけ楽になるだろう。

100億円もの判断を偶然に任せるのもおかしな話だが、判断の材料になり得るものであれば何にでも頼りたい気持ちだった。

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表でも裏でもなく、提示価格を下げるという判断をしたのは、締め切り時間の直前だった。もはや自分一人で背負い切れる問題ではなかった。

結果は完敗だった。10社以上の証券会社に引き合ったが、ぼくの提示した価格はトップから大きく外れていたという。

各社とも必死だったのだろう。一番札を提示した証券会社の価格で販売すれば、収益どころかマイナスになりかねないというのが、同僚の商品開発担当者の見立てだった。

「残念だったなあ」

営業担当者の口調は、意外にもあっさりしていた。

「すみません」

「君が悪いんじゃないだろ。他社が良すぎたんだ。こんなプライスじゃ、逆立ちしたって勝てっこない。上には上がいたっていうことだよ」

マーケットは、すでに大きく動いていた。取引を想定した証券会社が、商品組成に必要なポジションの確保に動いていたのだろう。誰かがどこかで儲かっているはずで、そのぶんG信金の損失が膨らんでいくのが目に見えるようだった。

自分でも意外だったのは。あれほど求めていたディールが離れていくことに安心するような気持ちを抱いたことだった。それは藤井に対して、負けを認めることでもあった。

G信金がある信用金庫との統合を発表したのは、年末の慌ただしい時期だった。

財務内容の悪化を受けての、事実上の被救済合併だった。厳しい地元経済のなかで、本業の融資のほうが立ち行かなくなっていた。

驚いたのは、過去の決算で利益操作が行われていたことだった。購入初年度に架空の利益を計上するような仕組み債を、多く購入していることが報道された。それほど業績が苦しかったのだろう。取引をした証券会社にも、金融当局の調査が入ったという噂だった。

数多く保有していた仕組み債を売却したことで、G信金は多額の損失を計上することになった。ぼくは何度も新聞記事を読み直したが、G信金との取引はほとんどなかったので、関連らしきものは見つからなかったことが唯一の救いだった。

投資家は、生き残る道をさがし出そうともがいていた。残された可能性を、リスクの大きな仕組み債に見出したのだろう。

「貸し一つね」

流れるニュースを黙って眺めているぼくの後ろを通り過ぎると、藤井は思い出したように振り向いた。

彼女の笑顔から、ぼくはとっさに目を反らした。そんなものいつでも返してやるよ。そう思いながらもぼくのなかで沸き上がる感情は、苛立たしさとは違うものになっていた。

【「東京マネー戦記」は隔週掲載。次回は3月23日(土)公開予定です】