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「責任取れるの?」100億円のディールと、エリート女性同僚の忠告

東京マネー戦記【7】2000年夏

サラリーマン人生においても、ライバルがいるに越したことはない。ディールの面白さを掴み始めた若手証券ディーラーが出会ったのは、どうも反りの合わない知性派エリート女性社員で……。

証券会社の内幕をリアルに描き出す、実録小説「東京マネー戦記」第7回。

(監修/町田哲也

 

「何か、いいたいことでもあるの?」

ライバルの存在をはじめて意識したのは、ぼくが27歳のときだった。

この年はチームの陣容が大きく変わった。チームヘッドの宮下が営業部に異動になり、ぼくの育成担当だった橋本がニューヨークに転勤することになった。

新しくヘッドになる樋口は海外での生活が長く、直前までロンドンで商品開発をしていた。マーケットの専門知識は申し分ないが、研究者のようなスタンスで顧客に接している印象があった。

樋口とともに異動してきた藤井智子は、大学院卒で知的な雰囲気にあふれる女性だった。論理的なだけでなく、明るい性格と優しい話し方で相手の心をつかむ能力を持っていた。顧客からの信頼も申し分なかった。

樋口のもとで、リスク管理に重きを置く新しいチームの方針が打ち出された。マーケットは株価下落に金利上昇が追い打ちをかけ、投資家は完全に委縮していた。リスク回避傾向が強まる市場心理を反映していたといえるが、ぼくには守りに徹するような姿勢が不満だった。

投資分析部の役割は、実際の売買につなげる営業サポートにあるべきだ。それが入社3年目にしてたどり着いたぼくの考えで、投資分析の質を高めるだけでは満足できなかった。藤井が顧客の前で並べたてる専門用語は、机上の空論にしか思えなかった。

「私に何か、いいたいことでもあるの?」

課のミーティングが終わった後で、藤井に呼び止められたことがあった。この日は顧客とのアポイントがないからか、藤井は珍しく長い黒髪を下ろしていた。

「何でだよ?」

「私が発言するたびに嫌な顔をされたら、気になって仕方ないわよ」

藤井のことを避けているのが、無意識のうちに表情に出ているようだった。

「別に君のことが気に食わないんじゃないよ。チームの方針がぼくには合わないんだ。細かい分析ばかりしてると、何だか学校で顕微鏡でものぞいているような気分になってきてさ。アホらしくてついていけないよ」

「そうかしら。お客さんの運用状況のチェックっていう、私たちの本来の役割を忠実に果たしてると思うけど」

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「どこの世界にだって、本音と建前があるだろ。ビジネスである以上は、分析するだけじゃなくて、売買につなげる必要がある。このやり方だと、どうやってうちの収益につなげていくかっていう戦略が見えないんだよ」

「それは私たちの役割じゃないでしょ」

「どこから俺たちの給料が出てると思ってるんだよ。投資家のオーダーからじゃないか。民間企業にいる以上、どれだけ稼いだかが大事だろ」

「それは営業の仕事でしょ。私たちは、お客さんの立場に立って分析するから意味があるのよ。無理に稼ごうとしたら、不審がられるに決まってるじゃない。営業とは役割が違うの。それくらいわかるでしょ」

藤井の冷静な口調が、余計にぼくを苛立たせた。

投資家が藤井の話を真剣に聞いていたのは、荒れたマーケットに対応する術を失っていたからだろうか。理解できないのは、チーム内で藤井の意見に同調する声が少なくないことだった。ぼくの意見は何かと孤立することが多くなっていた。

自分は間違っていない。そう思いながらも、藤井への仕事の依頼が増えてくるにつれて、自分のなかの歯車がかみ合わなくなっているような気がしていた。それはエリートコースを歩んできた、藤井に対する嫉妬なのかもしれなかった。