スカウトされて、
これでやっと陸に上がれる!と

ブラウス ¥68000/ブランドニュース(マメ) パンツ¥49000/エーピー ストゥディオ(ヨルケ) ピアス ¥416000/ミキモト カスタマーズ・サービスセンター(ミキモト)

 芸能界にスカウトされ、水泳選手であることから解放されたのが16歳のとき。「以来、精神年齢は一切成長していないと思います」と、小鳥のように可愛らしい声で笑いながら、ゆり子さんは言った。「逆に言えば、子供の割にヘンに大人びたところがあったかもしれない」と、幼い頃の自分を振り返る。

「学校で、たとえばいじめっ子たちが集まって、大人しい子をからかったり、誰かが人の悪口を言っているのを聞くと、『なんてこの人たちはレベルが低いんだろう』って思ってました(苦笑)。人は、みんな誰かを心から信じて、誰かのために頑張ることができるのに。誰もがすごい可能性を秘めているのに。人の弱い部分をあげつらうなんて、くだらないなぁって」

 昔から、人と群れるのが嫌いだった。一人で本を読んだり、黙々と絵を描いたりと、〝一人でいることを楽しめる〞子供で、将来は、「絵本を書く人になりたい」と夢想していた。

「水泳選手になりたいと思ったことは一切なかったです。高校生になったら水泳はやめて、大学は美大に進学しようとか、私なりにいろいろ計画していました。でも、親が水泳をやめさせてくれなくて(苦笑)。よく妹(石田ひかりさん)と2人で、『私たち、いつ陸に上がれるんだろう? 一生水の中は嫌だよね』って話してました。まるでカエルの姉妹みたいに(笑)。そうしたら、街を歩いているときに芸能事務所の方から声をかけられたんです。高校一年生の時でした」

 
「これでやっと陸に上がれる!」2人は、手を取り合って喜んだ。

「私が中学生のときは、ずっと家族で台湾に住んでいたんです。私たち姉妹は、なぜか台湾のナショナルチームに所属していて、そのせいもあって、本当にトレーニングがきつかった。毎日、学校とスイミングプールの往復だけで、一日が終わっていくんです。妹と、『つらいね、休みたいね。でも今日休んだら、明日もっとつらくなる。やっぱり今日行くしかないんだよね』って毎日話してました。日本に帰っても水泳中心の日々が続く中で、芸能界にスカウトされたときは、『これでやっと陸に上がれるチャンスが来た!』って(笑)。そのことが嬉しかったです」

 学校の帰りにファストフード店に寄って友達とおしゃべりする。そんなごく普通の日常がやってきた。寄り道したり、道草したり、遠回りしたり。人生で初めての〝隙間の時間〞が生まれた。世の中が全然違って見えた。