是枝監督の事務所に所属したと言っても、生活の保証は何もなく、給料と同額の事務所費を入れているような状況。でも、西川さんは自身の強みを、“誰にも寄っかからないこと” だと認識している。思想がインディペンデントなのは先述したが、生活もまたインディペンデントなのだ。

「誰かのために仕事してしまうと、いろんな部分で甘さが出てしまうと思うので、誰も抱えず、誰にも迷惑をかけないのが私らしいのかな、と。でも、たった一人で誰にも迷惑をかけずに生きることってそんなによくないんじゃないか、って気づきかけているのがこの作品なんですよね」

 
西川さんはそう言って、この作品の主人公に託した、“内心の危うさ” について、再度思いを馳せた。

「誰にも寄っかからず、迷惑もかけず、自己完結したつもりのまま中年にさしかかって、人に迷惑をかけないで生きることが、本当にいいことなのか、わからなくなったんです。人って、社会的な義務とか責任とか、そういう負荷をかけられることで、人と繫がっていけるものですよね。人と繫がることで、お互いに気づきとか変化があると思う。

子育てなんか、その最たるものだと思うんです。誰にも頼らず、かといって守るものも持たずに、自己完結している生活って、すごくスッキリしていて、いいと思うけれど、実は、淀みのないところに物語もないし、人との深い関係性も生まれない。そんなふうに思ったんです。だから、この小説を書きながら、自分の人生も考えなおさなければならないなと思いました、本当に」
 

22歳のとき、西川さんは、想像力の欠如と若気の至りから、“結婚して子供を産む” という行為を、先送りすることに決めた。当時は、“いつかできればいい” ではなく、“一生できなくてもいいや” ぐらいに思っていた。映画の道に進もうと決めて、現場が過酷であることはよくわかっていたし、何かを諦めなければ、夢は手に入れられないと思っていた。

「ものや人と関わることを “愛” と呼ぶのであれば、映画の現場は、半分は仕事だけれど、残りの半分は、映画に対する深い愛情がなければやっていけない。それほど過酷なんです。現場で働く人たちは、みんな厳しい生活を強いられている。“映画が好き” という純粋な気持ちの足元を見られて、保証のない暮らしに慣らされ、家庭を持ってない女性がほとんど。嫌な言い方をすれば、“映画の奴隷” ですよ(苦笑)。

もちろん、現場では、達成感とかやりがいとか、そういう目先の幸福は感じていると思います。でもそれに丸め込まれるままの純粋さも含めて、悲哀に満ちている。もちろん、自分で好きで入った世界ですけれど、結局、奴隷になってくれる人しか働けないような過酷な状況をキープしてしまって、結婚生活、子育てみたいなことと両立が難しい。どんな職場も、第一線で働くとなればそうなのかもしれないですけど、私たちの世代が何もシステムを変えられなかったことは、すごく後悔しています」

 
などと言いつつ、映画の世界に関わることが、幸福かそうでないかと聞かれたら、西川さんは、「総じて言えば、大変幸福だと思います」と答える。

「本業としての仕事は、とてもとても楽しいです。自分の仕事を楽しいと言えることは、本当に幸福なことだと思います。周りの人たちも、本当に、いい人たちと巡り合っている。家庭とかゆとりとかお金とか(笑)、手にしていないものもたくさんあるし、端から見れば相当欠落している人生だと思いますが、お相撲で言うところの、8勝7敗でいければ私は十分(笑)。現時点でもうちょっと勝ってるんじゃないか、と思えるくらいです」

 
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PROFILE

西川美和さん
1974年生まれ。広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。大学在学中に是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。フリーランスの助監督を経て、'02年『蛇イチゴ』で監督デビュー。長編2作目となる『ゆれる』('06年)がロングランヒット。'09年『ディア・ドクター』、'12年『夢売るふたり』とオリジナルストーリーでの話題作を提供。

INFORMATION

『永い言い訳』
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻の夏子(深津絵里)が旅先で事故に遭い、親友とともに亡くなった知らせを受ける。妻が亡くなった夜、不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対し、悲劇の主人公を装うことしかできなかった。そんなある日、妻の親友の遺族であるトラック運転手の陽一(竹原ピストル)とその子供達に出会った幸夫は、ふとした思いつきから、子供達の世話を買って出る。


●情報は、FRaU2016年11月号発売時点のものです。
photo:Ayumi Yamamoto Interview:Yoko Kikuchi

 
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