ただ、物語を書くこと自体は、歳を重ねるごとに難しくなっているそうだ。

「物語を生み出すまでは一人。孤独なんです。でも、内容に周りが共感してくれたら、作品として立ち上がるので、一人じゃなくなる。たった一人で考えついた小さい話なのに、みんなが我が事と思って、責任をもって持ち場に集まって、一緒に船を漕いでくれるので、その瞬間瞬間は、『うまくいかない!』って思うことの連続だけれど、長い目で見たら、楽しい思い出しかないです。現場は本当に賑やかだから。

一人で執筆していると、人と一緒に悩めるなんて、すごく贅沢なことだなとわかる。でも賑やかなことが当たり前だと思ってしまうと、孤独な作業がすごく面倒くさくて(苦笑)。現場の楽しさを味わって、それにしがみつこうとしても、いいものは生まれない。一度またひとりになって、嫌っていうほど苦しまないと、私はたぶんダメなんでしょうね」

 
幸福を感じられるのは、圧倒的に映画の現場である。でも、軸足を映画監督である自分に置く理由は、そのためではない。

「誤解を恐れずに言えば、本業は映画監督だと思い切ることによって、小説を書くことがすごく気楽になるんです。小説家であると宣言して、自分の書いた物語に責任を背負ってしまったら、私は書けなくなるかもしれない。

私は、映画のために生きているし、私の仕事の軸は映画にある。そう言い切ってしまうことで、文章の自由さとか、書くことの楽しさというものを実感できて、嫌にならずに執筆を続けていけるので、今はそのようにしています」
 

経済的なことを考えれば、本当は、コンスタントに1年に一本撮っていくのが理想。でも、西川さんはテレビドラマの世界に進出することもなく、2002年のデビューから、14年の間に発表した作品は、『永い言い訳』を含めて長編が5本に短編が2本。2年に一本のペースにも満たない。

「1年に一本撮ったとしたら、品質保証ができないんです、私の筆力だと。私の最低品質保証ができるのが、たぶん、これくらいのペースなんでしょう。でも、借金もせず、せいぜい自分の貯金を食いつぶす程度ではやっていけているので、特別生活レベルを上げようとしなければ、このままでいいのかな、と。

ただ、いつ倒れるかわからない仕事ですから、不安はあります。アイデア出なくなったらおしまいですし、体が利かなくなったら現場にも立てません。そう考えると、老後が怖くてたまらないです(苦笑)。将来のことを考えると、夜も眠れないほど恐ろしいので、今は、貯金をしまくっています」