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広末涼子「映画『WASABI』の会見で涙を流したワケ」インタビュー①はこちら

広末涼子ロングインタビュー②

――仕事と家庭の両立。時間は平等というか限られている中で、3児の母となるとかなり大変だと思うんですが、そういった人生の上での選択と、女優・広末涼子としての生き方、どう折り合いをつけてるのかなって。

「そこに関しては、ハッキリ言って優先順位はつけられない。どちらも本当に大切だから――」

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――最初の結婚は23歳でしたっけ。それって最初の反抗期の最中だったの?

「ホントに、仕事を辞めたくて仕方なかったです。もちろん結婚なんて許されない時だったので、そこへの反発は大きかったし、正直、確信犯ですよね。出来ちゃった結婚だと言われたけど、そうじゃないと結婚なんて出来ない状況だった。今思えば『ごめんなさい』です。でも、私は一度、あの時点でフェードアウトしないと壊れていたと思うし、女優業は続けていられなかったと思う。あのタイミングで一度外の世界を見るというかフラットな自分に戻れたことは、私の人生においては、すごく大切でした。鎧が重すぎて辛くなっていたんだと思う」

――作り上げられてしまった鎧?

「そうですね。自分でもメッセージ性がないと意味がないとか、自分にとっての枷がないといけないとか、変なプレッシャーをかけていた――。女優業というものが自分の存在意義みたいになっていたので、そこがないと空っぽで、自分は何をしていいのかもわからないという状態。どうしてこの仕事をしていたのかをすっかり忘れてしまっていたんです。そもそも、作品を観るのが好きで、その世界に飛び込みたいと思ったのに、観る時間も感じる時間もなくなって、インプットアウトプットじゃないけど、出してばっかりでスカスカになったんだなと。

特に舞台などと違ってTVは一方的だから、リアルな周りの反応だったり生の声が聞こえてこないし、勝手に作り上げたものなのか、作り上げられてしまったのか、に閉じ込められてしまった感じがして――、でも、丸々2年間休ませて頂いた期間で、好きだったからやってたんだという初心に戻ることが出来たんです。でも、実際に『再開しよう』と思えたのは、引っ張ってもらえたからで、引っ張ってもらえなかったら、戻ってきてなかったと思います」