ショッピングとグルメばかりの日本、
旅行ガイドブックの「国際文化比較」論

 仕事柄、旅行はよく行く。

 旅は好きだ。とはいえ純粋な余暇としての旅というのはほとんどない。子供たちが、小学生、中学生の頃は家族でも旅行したけれど、今はそれもない。

 もっとも家族旅行といっても、家の場合ほとんど国内で、しかも秋田の鹿角まで内藤湖南の生家を訪ねるとか、高知の山奥の津野で義堂周信と絶海中津の生地を見るといったものばかりで、旅行とはいえ、レジャーの色彩はいちじるしく乏しい。いや、もちろん海水浴とか、虫とりとかはやらせましたけどね。

 ラフティングとか。ただ、完全にこちらの興味にたった選択をしていたのは事実である。一回だけ、海外へ家族旅行に行ったことがある。行き先はトルコという事で、やはり子供たちにとっては国内と同じく、文化財を巡る旅であった。そういえば、下の男の子とベトナムに行った事もある。

 新潮社のMさんと一緒だった(仕事ではなくレジャーとして)。クチの地下基地を見学した後、機関銃が撃ちたいというので、撃たせたら、帰国してから家内にしかられた。

 そう考えると、だいたい旅行のパターンは一定しているかもしれない。ある意味では余暇と仕事の隔たりがほとんどないと云えるかもしれない。

山本五十六の撃墜現場にも行ってみた

 一応、文芸批評が表芸だけれど、石原莞爾、松下幸之助、乃木希典、山下奉文といった人たちの評伝も書いてきた。執筆に際して、大事にした事の一つが、その人物が行ったところにはすべて行くという事だった。

 石原の場合、旧満州の各地、中国国内から、留学先のベルリンまでみんな行った。シベリア鉄道に乗らなかったのは申しわけないけれど、旅順で観光客に開放されたばかりの二〇三高地に行けた事は幸運だった。あんな、とてつもない急斜面だとは思わなかった。あれじゃ、突撃するしかないと感じた。

 二〇三高地は、石原莞爾を書くために行ったのだけれど、その経験はそのまま乃木希典を書く時に使えるわけで、やはり足を運ぶのは大事なことだと思う。

 とはいえ、行くのが辛いところもあるのは事実で、山本五十六の時は厳しかった。彼が撃墜されたブーゲンビル島に行ったのだけれど、行ってみたらブーゲンビル島は内戦中。外務省からは一切、そんな話は聞いていなかった。しかも、搭乗機の墜落現場は山ヒルが樹木から落下してくるという最悪のジャングルだった。

 もっとも、そこまで行ったという経験は執筆にやはり決定的な影響を与えてくれる。もちろん、出版社も、それを期待しているからこそ、編集者を同行させて、いろいろと差配してくれるのだろうが。

   ∴

 ここ数年、出版界も、他の業界と同様に収益低下の波に襲われ、なかなか編集者と同行というわけにはいかない。カメラマンなんかとんでもない。

 旅費、取材費の一部を出してもらって行くということになるのだけれど、それはそれで悪くない。一人の気楽さというのはありますからね。

 そこそこの浪費家なので、マイル・ポイントでビジネスにのる位はどうということはない。宿はインターネットで予約すればいい。私がよく使うのは「Tablet.」というサイトで、ここから世界各国の、気の利いたホテルを予約できる。星いくつといった水準ではなく、便利で快適な宿―たとえば、東京での一押しは、このサイトでは目黒のホテル・クラスカだ―を選ぶ事ができる。

 現地の情報収集についても、もちろんインターネットは有用だけれど、それ以上に有り難いのは、アマゾンなどのネット書店で海外のガイドブックが購入できること。

 やはり、日本のは残念ながら使いものにならない。ショッピングとグルメが中心で、どうもこの国民はバカなのではないか、という疑いを日本で作られた旅行ガイドを見るともってしまう。『地球の歩き方』の本家であるLonely Planetは、歴史、文化について圧倒的な頁数を割いている。

ミシュランガイド赤い表紙のレストランガイドが有名だが、緑表紙の旅行ガイドも観光地を星の数で評価

 ベトナムのガイドなんて、巻頭に数十頁の通史が書かれているだけでなく、その地方、街ごとに詳論するという具合。

 それに比べてわが邦のそれは誠に誠に貧弱だ。Michelinにしても、赤いガイドの星の数ばかりが話題になるけれど―たしかに私も、写真を掲載したスタイルの、東京、京都・大阪、香港・マカオはヒドイと思います―、緑は、旅行ガイドとしては素晴らしいの一言。

 レストランの選択も赤とはかなり違っていて面白い。Gallimardのガイドは、レストランやブティックは歴史的文脈のあるものしか載っていないが、作家や政治家など歴史的人物との関わりや引用なども施してあって、とてつもなく面白い。

 ガイドブックによる文化比較をすれば、我が邦は最低ラインに位置すると云っても過言ではないだろう。唯一、お勧めできるのは山川出版社の都道府県別『歴史散歩』シリーズ。県ごとに質のバラつきはあるけれど(執筆は、その県の高校の先生たちがしている。土地ごとの文化水準の差も出る)、読みでがあります。国内を旅行する時には必ずもってゆく。

   ∴

 旅行の手続きがほとんどインターネットで出来てしまうと、旅行代理店とかの業界はどういう状況なのだろうか、と気になってしまう。

 私が長くつきあっているのは、いくつかの代理店を転々としてきた人で、ネットやマイルではすまない面倒な事だけを手配してくれる、というさばけ方なので面倒はないけれど、しかしこれで利益が出るのかしらと心配になる。

 最初にアメリカに行った時、フランスに行った時は、旅行代理店が売っているツアーで行った。「サンフランシスコ一週間」といったパックを買って、現地で滞在期間をのばすというやり方。

 この方が、通常の切符を買うより安かったからだ。まあ、新婚旅行がほとんどというツアーにまざって飛行機にのるのは、ちょっとした体験ではあったけれど。とりあえず、ハネムーンに海外なんていくもんじゃない、という事を認識したのは、よかったという事になるけれど。

 とはいえ、当時はそれだけ旅行代理店の存在感が強かったというのは否めない事実だった。

 雇用均等法以前の時代だから、JTBは四年制大学卒女子にとって、最高の就職先の一つだった。その輝きのいくぶんかは、海外旅行に行き易いという事が効いていたと思う。小学校、中学校の同級生で東京外語大の英文科を卒業した才媛がJTBに就職したとき、あの人ならね、と納得したのを覚えている。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら