かつて多くのキリシタンが弾圧から逃れ、密やかに信仰を守り続けた五島列島。島々に点在する教会はじつに個性的で、そこに暮らし、祈りを捧げ続けた人々の手触りとぬくもりが残っています。
教会に刻まれた彼らの想いをじかに見たいと、絵描きの下田昌克さんが島を巡りました。
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海辺の小さな教会で知った
暮らしの中にある信仰
福江島のドンドン渕と呼ばれる滝にも恐竜男!
どこか小さくて素朴な教会はないかと尋ねたら、「それなら半泊の教会に行ってみるといい」と今朝代さんの息子さんが教えてくれた。「ちょっと道がアレですけど……」という言葉通り、車道はどんどん狭くなり、ついには細く、くねくねとした山道になった。
こんなところに教会なんてあるのだろうかと不安になり始めた頃、白砂のビーチに出た。山あいに民家がポツポツとしかない集落。その浜辺沿いに平屋建ての小さな教会が建っている。
「これはすごくかっこいい!」 福江島の半泊教会。鉄製の門扉と十字架には溶接の跡が残り、それが人の手で造られたことがわかる。
下田さんが目を留めたのは、教会の門扉にしつらえられた鉄製の十字架。ところどころに溶接の跡が残り、何かのボルトのようなもので留められた箇所も見える。
「これ、船のボルトだったんじゃない? 身近にあるもので作ったのかもしれない、海辺の集落だから」
潮風のせいだろう。うっすらと錆びの浮かぶ十字架にそっと手を触れた。
板張りの古い木造校舎のような外観だが、中に入ると雰囲気は一変する。白とマリンブルーに塗装された壁と梁、ステンドグラスこそないが、天井にはおそらく椿だろう、一輪の花をかたどった彫りがある。
「島には椿がたくさん咲いていますから、身近な花をシンボルにしたのかもしれませんね。そういうところも温かみがあって、まさに手造りといった感じ。それに見て。床も壁も埃ひとつない。誰かがこまめに掃除していないと、こうはならない」 半泊教会の隣にある民宿コッテージ・スモーキィでは、半泊湾の海水を汲んで塩作りをしている。(900円/350g)。
すぐ隣で民宿を営むご夫婦に聞くと、この集落に暮らすのはほんの数世帯。今この半泊教会に通う信者は2名ほどしかいないそうだが、それでも大切に教会を守っているという。
「こういう、暮らしの中に在り続けてきた教会を見てみたかった」と建物の周りを何度も回って、下田さんは丹念に教会を見ていた。 見送り用のテープが舞う島の港。福江島でも上五島でも見た風景。
上五島へ渡るにあたって下田さんが選んだのは高速船ではなくフェリーだった。時間はかかるが、こちらの方がいいと言う。
朝、船着き場に入ると、制服を着た学生たちが色とりどりの見送り用テープを持って甲板を見上げている。手には拡声器と手描きの大段幕。楽器を携えたブラスバンド部員もいる。聞くと、福江島から中通島へ校長先生が転任するのだという。
船の錨が上がりゆっくりと港から離れると、学生たちは防波堤を走って追いかけ、見えなくなるまで手を振っていた。 福江島から中通島へ渡るフェリーにも恐竜男が!
「僕たちにとってはほんの隣の島までという感じですけど、彼らにとっては遠いんでしょうね。海を渡るっていうのはそういうことなのかな」
小さくなる港と学生たちを見ながら下田さんが言う。島民の足ともいえるフェリーでは島の日常が見える。下田さんはこうして世界中を旅し、市井の人々を見てきたのだろう。 福江島にあるアコウの巨木。
半泊教会
長崎県五島市戸岐町半泊1223
☎098-823-7650(インフォメーションセンター)
コッテージ・スモーキィ(さとうのしお)
長崎県五島市戸岐町半泊(半泊教会すぐ北)
☎0959-73-0383
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PROFILE
下田昌克 Masakatsu Shimoda
1967年生まれ。世界を放浪中に描いたポートレートが注目を浴び、絵描きに。近年は、キャンバス生地で恐竜の作品を制作。近著に『恐竜がいた』(詩・谷川俊太郎 スイッチパブリッシング)ほか多数。
●情報は、2018年6月現在のものです。
Photo:Norio Kidera Text:Yuriko Kobayashi