ゴーン氏保釈を勝ち取った「無罪請負人」の手腕と信条

思い込み、がないからこそ

弘中氏は役者だった

やはりカルロス・ゴーン被告は「黒船」となって、検察と裁判所が一体となった悪名高い「人質司法」を打ち破った――。

東京地裁は、5日、ゴーン被告の保釈を認める決定を出した。東京地検は決定を不服として準抗告したが、棄却された。ゴーン被告は、6日、10億円の保釈保証金を積んで、東京拘置所を出た。公判前にゴーン被告の“功績”があるとすれば、内外に「人質司法」を再確認させ、裁判所を変えたことだろう。

伏線はあった。私は、本サイトで「『カルロス・ゴーンという黒船』がこじ開けた、裁判所の閉鎖性」と題し、変化する裁判所の“胎動”を描いた。

第二次大戦後、地検特捜部が誕生して70年間、国策捜査として捕まえた被告たちは、「国家秩序への反逆者」として、自白して罪を認めるまで、懲罰的に拘置所に留め置くのが原則であり、裁判所は自ら判断を下すことなく、検察の勾留請求を認めてきた。

それがゴーン事件で一変。海外メディアの「推定無罪の原則を無視した人権蹂躙の懲罰的勾留」という批判を受け入れ、昨年12月、一度目の保釈を決定している。

 

それを阻止するため、特捜部は特別背任容疑で再逮捕、ゴーン被告はクリスマスも正月も拘置所で過ごすことを余儀なくされた。この間、元特捜部長の大鶴基成弁護士を主任とする弁護団は、二度の保釈請求をしたが、東京地裁はいずれも却下した。

裁判所は変化の“胎動”は見せたものの、刑事手続きそのものが変わったわけではない。刑事訴訟法第89条は、保釈の請求があれば原則として保釈を認めなければならない。ただし、「証拠隠滅と逃亡の恐れがない場合」に限られる。逃亡はともかく証拠の隠滅があった場合、その責任は保釈した裁判所に着せられる。

それがイヤで東京地裁は、二度の保釈請求を蹴ったが、人質司法を突破するには、もうひとり役者が必要だった。それが「無罪請負人」の弘中惇一郞弁護士である。

弘中弁護士(getttyimages)

2月13日に大鶴弁護士らが辞任、それを受け継ぐ形で弁護団が形成され、「顔」となった弘中氏は、2月28日、三度目の保釈請求をするとともに、3月4日、外国特派員協会で記者会見を行った。

弘中氏は役者だった。質問に立つ外国特派員などに答える形で、ゴーン被告の無罪を確信しているといい、「無罪を明らかにすることが、世界の方々から信用を取り戻すことにつながる」と、言い切った。

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