在りし日の東京にタイムトリップするモダン建築探訪vol.1/山内マリコが旅する東京

高層ビルの間に静かに佇むプチホテル。深い緑に守られた古き良き文化サロン。小説家の山内マリコさんが目指したのは、東京に残る、大正や昭和のモダン建築。

そこには、歳月の分だけ物語があり、建物を愛した人たちの思いが刻まれていました。積み重ねられた歴史に触れたとき、大都市の知らない顔が見えてきます。

国境を超えて人が交わる場
六本木に根付く文化サロン

東京の街は、新しいものと古いものが複雑に折り重なってできている。その歴史を同じ場所に建って受け止めてきた建築には、タイムマシンのように、かつての東京に迷い込ませる力があるのかもしれない。

「私、古い洋館を訪ねて、住人ごっこをするのが好きなんです」と恥ずかしそうに笑う山内マリコさん。

「 “まぁ素敵。ここがお母様のお部屋なのね” なんて妄想しながら、そこにあった生活を想像すると、建築の見え方も変わる気がします」

確かに、自分の身を置けるという点で、建築には時空を飛び越えるような高揚感があるのかもしれない。富山生まれの山内さんは、大学時代とその後数年を関西で過ごし、25歳で上京した。小説家を目指し、家に籠もって机に向かう日々。本人曰く「泥水をすするような下積み時代(笑)」に出口が見え始めた頃、古い建築を見に行くのが趣味になった。
 

宿泊棟の非常階段。唯一、竣工当時のままの姿で残っている。

建築目当てに初めての街を訪ねたこともあったが、東京にはまだまだ知らない場所があると山内さん。六本木にある国際文化会館のエントランスを目にした時も、「こんなところに!?」と驚きの声をあげた。ここは1955年に完成した、民間による文化交流の場。設計者には前川國男、坂倉準三、吉村順三と、モダニズム建築の巨匠の名が連なる。
 

 

前川國男が増築した新館。

「ようこそ、国際文化会館へ」。そう出迎えてくれたのは案内役の芦葉宗近さん。この建物の生き字引きのような人で「ここにはかつて、三菱財閥の4代目、岩崎小彌太の邸宅があったんです」と、昭和初期の風景が見えているかのように話し始めた。
 

六本木にある国際文化会館は、前川國男、吉村順三、坂倉準三という日本を代表する巨匠建築家が揃い踏みした名作。見事な日本庭園は、京都の名作庭家、七代目小川治兵衛によって造園されたもの。

「それはそれは贅を尽くした豪邸で、日本庭園は京都から呼び寄せた “植治” こと七代目小川治兵衛に造らせたものでした。岩崎邸は空襲で焼失しましたが、幸運なことに庭園は戦火を免れ、邸宅の基礎の上に新たにこの建物が建てられたのです」

国際文化会館の誕生の鍵を握るのは松本重治という男だ。吉田茂のブレーンだった彼は、旧知の仲であったジョンロックフェラー3世と、日米が戦争を乗り越え、新たな関係を築ける場を共に作ろうとする。そして、資金調達に奔走するのだが、どうしても残り、200万円が足りない。その時、力を貸したのが川端康成をはじめとする鎌倉の文豪たちだった。思わぬ小説家の活躍に「その頃の文豪は次元が違う!」と目を丸くする山内さん。
 

その後、会館は国内外の文化人が集う場として成熟していく。そして、2005年には建築の原型を守りながら、耐震補強の改修が行われた。

「だから、この窓枠が残っているんですね」。山内さんが手を伸ばしたレストランの窓ガラスは、年季の入った檜のフレームに収まっている。庭園を切り取る窓がスチールサッシでは味気ないと、木枠を解体し、新調したガラスを嵌めてから元に戻した。もちろん、ただ改修するより何倍もの費用と時間がかかる。客室棟の木製の手摺り、張り替えの手間を惜しまずに使用している客室の障子。建築への敬意はあちこちに見つかる。
 

庭園には庵治石など希少な石があちこちに。

「庭も歩いてみましょう」と芦葉さん。その後を追って、回遊式庭園を進むと、芦葉さんが小道の脇の何の変哲もない石の前で足を止めた。

「これ、“前川石” と呼んでいるんです。前川國男さんはよくここから建物を眺めていたんですよ」
  

 

“前川石” からの眺め。建築のプロポーションがよく分かる。

ひょいと石に飛び乗った山内さん。「ほんとだ!建物の形がよく分かる。巨匠もここに立ったんですね」と感慨深げ。その頃はきっと、建物の背はまっさらな空だったのだろう。今はすぐ後ろに高層ビルが迫っている。そんな未来を、巨匠たちはどこまで想像していたのだろうか。

「低層の建物って今とても贅沢だと思うんです」と山内さんが呟く。
 

「高層建築が当たり前になったからこそ豊かに思える。国際文化会館は会員制ですが、レストランや喫茶室は誰もが訪れていい空間。いつかこんなところで待ち合わせしたいです」

国際文化会館
1955年竣工。日本と世界の文化交流のための施設で、会員制の宿泊施設や図書館のほか、誰もが利用できるレストランや喫茶室がある。
東京都港区六本木5-11-16
☎03-3470-4611
 
レストランSAKURA
東京都港区六本木5-11-16国際文化会館B1F
☎03-3470-4611
 
ティーラウンジ ザ・ガーデン
東京都港区六本木5-11-16国際文化会館 1F
☎03-3470-4611

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PROFILE

山内マリコ Mariko Yamauchi
1980年富山県生まれ。女性のリアルな感覚を小説、エッセイで発表。代表作に『アズミ・ハルコは行方不明』など。新刊は男性の生き辛さを描き、新境地を開いた『選んだ孤独はよい孤独』。

 
●情報は、2018年10月現在のものです。
Photo:Norio Kidera Text:Yuka Uchida

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