潤う女は一目惚れされる!? 齋藤薫が考えるいい女論

美容ジャーナリストの齋藤薫さん曰く、潤う女には共通点があるのだそう。齋藤さんの美格言を胸に抱いて、カラダも心も潤う大人の女性を目指しましょう。

格言1
体の中に水を感じる女は、
一目惚れされる

肌の中を清らかな水がサラサラと流れているような人。あるいは体の中に水の存在を感じる人……ちょっとイメージしてみて欲しい。もちろん人間の体は、約70%が水でできている。水を感じて当たり前なのかもしれないけれど、とりわけ水の存在を強く感じさせる人っているものなのだ。とても感覚的なものだけれど、水は見えている。肌にも瞳にも、そして体の中にも……。

そして、水を強く感じさせる人ほど、“一目惚れ” される。なぜなら、人は本能的に水に心惹かれる生き物だからである。水がなければ人は生きられない。従って、水があるところに自然に体が引き寄せられていく、それこそが人間の本能なのだ。

相手が人間であっても同じこと。水をたっぷり含んだ人には自然に惹きつけられていく。理屈抜きにその人のそばにいたいという意識、それが一目惚れにつながるのである。

水が見えるということは、言い換えれば透明感に溢れていること。そして思わず触れてみたい衝動に駆られるほどのみずみずしさを宿していること。さまざまに人を惹きつける、それが “水を感じる、水が見える女” なのである。

格言2
美しい暮らしをしている人は
住む家までが何だか潤っているから、
幸せが生まれる

たとえば、玄関に花が飾られているだけで、床が艶々しているだけで、その家には潤いが感じられる。家にもまた、良い意味での湿度というものが宿るのだ。ところが不思議なことに、ホテルの部屋にはそうした潤いの違いは感じられない。どんなゴージャスな部屋にも、明快な潤いは感じられないのだ。つまり、部屋の潤いを作るのはやっぱりそこに住む人自身なのである。

花を飾ったりする習慣はもちろん、家の隅々にまで住む人の思いが行き届いていれば、それだけで本当に潤って見えるもの。掃除をしたばかりの家、とりわけ大掃除や断捨離をしたばかりの家は、見事に潤って見えるのもそのため。手間ヒマかけた分だけ、クリーンな印象な上に、潤いが感じられるのだ。

だから思う。家って、まるで肌みたい。清潔に保って美しく磨けば、それだけでなんだか輝いて見える。そして、そこに住む人が文字通り潤いのある生活をしていれば、家はなおさら煌くはず。やっぱり潤いを与えるのは自分自身なのだ。毎日毎日丁寧に、時を慈しむように生きていれば、必ず艶めく家になる。そして訪ねてきた人も心地よく迎え入れる家になるのだ。住む家は、自分自身。だから潤いある家に住みたい。

格言3
声が濡れている女こそ、
人を心地よくさせる別格のセクシー

声が濡れているってわかるだろうか。まず声にも、“乾いた声” と “潤った声” があることに気づいてほしい。声も肌と同じように、含まれている水分の量に、個人差があるものなのだ。そして水分をたっぷり含んだ声は、何か鼻にかかったような印象的な声質になる。それが濡れた声。

形のない、見えないものだけれど、体の中から発せられる “意志を伝える音” には、その人自身がそっくり示される。いや、声ほどその人を綿密に語るものはないくらい。だから逆に声しだいで、人はいくらでも美しく見えたり可愛く見えたりするわけで、濡れた声は、その人自身を気持ちまでうるうる潤った穏やかな印象に見せる。そればかりか、色っぽく艶っぽく見せたりもするのだ。

いやそもそもが、美しい声の人は美しい。じつはそれ、声にも女性ホルモンが関係しているから。女の声を作っているのは、ずばり女性ホルモンだからである。そういう意味で、より女っぽく妖艶なまでの印象を作るのが濡れた声というわけ。女にとって潤いは、そのままそっくり女性ホルモンの象徴となるからこそ、より濃厚に女を語りだすのである。

格言4
日々において一番幸せな瞬間。
お風呂に体ごと浸かるのは、
魂の癒やしである

小川のせせらぎや、湖面で揺れる光。透明な海の浅瀬で、寄せては返す静かな波。自然界における水は、人を癒やす不思議な力を持っている。なぜだかわかるだろうか。

一つに、そこには “f分の1ゆらぎ” という、 自然が作る不確実なリズムそのものに、人を癒やす力が備わっているから。もう一つ、人は生まれる前に、母親の胎内で水に包まれていたことで、たゆたう水の優しさが母親に守られているような安らぎをもたらすからなのだ。

日常生活の中で一番ほっとするのは、多分お風呂のお湯に体ごと浸かった瞬間ではないかと思う。それも、自分の体を包むお湯の穏やかな動きと、肌を優しく撫でる柔らかいお湯の肌触り、そしてチャポチャポという音……その全てが、“f分の1ゆらぎ” をもたらし、母親の胎内の記憶を蘇らせる。だからこそ、その時間はささやかだけれど、私たちに与えられた至福の時間なのである。

あなたは毎日の入浴に、そういう意味での幸せを感じとっているだろうか?  人間の祖先は悠久の昔、海の中に住んでいた。毎日の入浴にそこまでのイメージを持つことで、人は本当の意味で癒やされる。魂までが癒やされる。信じて欲しい。魂までが潤う、お湯の力。

PROFILE

齋藤薫 Kaoru Saito
美容ジャーナリスト。女性誌において多数のエッセイ連載を持つほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。

 
●情報は、FRaU2018年11月号発売時点のものです。
Photograph:Kota Shoji

 
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