2019.03.13
# 自然科学

なぜ私たちは「このような形」なのか…進化発生学でわかる進化の謎

「進化する形」はじめに
倉谷 滋 プロフィール

複雑な進化のしくみを理解するには

では、還元主義的な生物学と構造主義的な生物学をカップリングすれば、それで進化は理解できるのか。反復を越えることはできるのか。

本書で繰り返し述べることになるようにそれはできない。とりわけ構造主義の方法は、扱っている生物の基本形態パターンが美しく保存されているところでしか有効ではない。

 

本書で扱おうとしている「ボディプラン進化」は、基本的パターンそれ自体がダイナミックに変化してゆくプロセスであり、そこに構造主義は使えない。

進化と発生の実相には、複雑系と同じ問題が潜んでいる。いま成立しているパターンが原動力となり、次のパターンを呼び込む。現在の状態がきっかけとなり、次の段階を導き出す。初期の小さな揺らぎが大きな表現型の違いに帰結することもあるが、たいていの場合、こうした擾乱もシステムに呑み込まれてしまう。

一見、初期状態からでは結果がまったく予想できないように見え、それでいて、このダイナミズムとその結果をコードしたゲノムがある。

この一見矛盾した複雑な現象の背後にある法則とは何か。それはまだ誰も解明していない。このゲノムの変化とともに、結果としての表現型、つまり親の形が徐々に、時として過激に変化してゆくのが進化というプロセスであるらしい。

このような進化のしくみを理解するのは容易ではなく、従来の方針ではちょっと間に合いそうもない。還元主義ではなく、さりとて構造主義でもなく、両者を加味したうえで形態発生のプロセスそれ自体が変化してゆくさまを、反復モデルを越えて理解しなければ、この問題は解けそうもない

その一助となりうるセオリーが、およそ九〇年前に一度だけ提出されたことがある。それが、「アルシャラクシス理論」である。これを唱えた比較発生学者、アレクセイ・ゼヴェルツォッフは恐らく自覚していなかっただろうが、この理論によって、還元主義も構造主義も到達できなかったレベルに彼は一歩踏み出そうとしていた。

本書の最後では、この理論に基づいて考察を進めることになる。はたして、その試みはどのような理解を可能にするのか。それは、筆者である私にもまだわからない。

もうひとつ、本書が関わることがあるとすれば、それは形態進化の理解が「エンジニアリングとして生物を作り出す」という、いまだ人類が手にしていないテクノロジーと表裏一体の関係にあるということだ。いわば、SF映画『ブレードランナー』に見るような架空のテクノロジーである。

ゲノムのDNAが形態を作り出す要因となっていることにはもはや疑いはない。かといってゲノムの内容がすべてわかったとしても、それがどのような顔かたちを持った、どのような生物なのかを予想することはまだできない。それでも人間は、ゲノムや器官発生を操作(エンジニアリング)することによって生物体の形を左右しようと考える。

一方で進化は、できあがった生物の体(表現型)が適応的かどうかという試行錯誤を繰り返し、その結果として存在を許されたゲノムだけがいま、現実に目の前にある

ゲノムを変化させてきた進化のしくみと、ゲノムからものを発生学的に作り出すという視点は互いに逆方向のベクトルを持つが、そこに共通するひとつの点はゲノムと表現型のあいだに、一対一ではないにしろ、かなり確固とした対応関係があるということだろう。

はたして、人間が考えたあらゆる形を作り出すゲノムはつねに存在しうるものなのか。言い換えるなら、ゲノムエンジニアリングは万能なのか。あるいは、想像することはできても決して作り得ない形があり得るのか。それを考えさせるのもまた、進化形態学の一側面である。

生物の「形」の探求から見えてくるもの

本書を通じ、おそらく読者は人間のものの考え方がどれほど生物の形に左右されてきたか、そしてそれを通じてどのように科学的な考え方が熟成されてきたのか理解されると思う。

生物学の発展はいわば、生物多様性とそれを感知する人間の認識能力の相互作用の歴史であり、それがひいては思想や哲学にさえも影響を与えてきた。その歴史の中ではさまざまなアイデアが提出され、またその多くが棄却されてきた。

あるいは、ひとたび忘れ去られながら、いまに至ってようやく大きな意義を持つことがわかった学説も存在した。

その一例として、本書の後半では「アルシャラクシス理論」が最新の進化発生学的事実とどれほど整合性を持つのかを解説する。学問の歴史を掘り起こすことを通じて、進化においていったい何が起こったのか明らかにしようという課題も、本書の射程のうちにある。

本書が生物進化についてのイメージをヴィヴィッドに、より深く考えるための一助となれば、私の望外とするところである。

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