「影の総理と呼ばれた男」の敗北で遠のいた「日本の平和」

野中広務の生涯と佐藤優との関係

猜疑心の強い政治家

菊池正史氏が書いた『「影の総理」と呼ばれた男 野中広務 権力闘争の論理』は小渕恵三政権で内閣官房長官、森喜朗政権で自民党幹事長をつとめ、政界に強い影響力をもった野中広務氏(1925~2018年)に関する優れた評伝だ。

野中氏は保守政治家であるが、本気で平和を希求した人物だった。

〈二〇〇九年に、当時は社民党、今は立憲民主党の阿部知子を支持する市民団体主催の講演会でこう述べている。

「日本という国が今、戦をしたがる国に変わりつつあり、アメリカの隷属下にあって、なんでもアメリカの言うことについていく。(中略)国民が抵抗しなければ、我が国は滅んでいく道を選ばざるを得ない。(中略)とにかく東アジアに残った戦争の傷跡、日本にも残った傷跡を修復することによって世界に胸はる日本と言えるのであります。

 

これを全部覆い隠して、知らん顔して、日本が世界に冠たる国なんて、口にすることが恥ずかしいという気持ちにならなければ、日本の良識は出てこない」

そして最後にこう強調した。

「私もまだまだ自分の命を引き換えにして、日本の将来の子供たちに、再び戦争の惨禍が及ばないための努力を、命をかけて、やってまいりたい」〉

日本が戦争に巻き込まれることがあってはならないという信念から、野中氏は北方領土問題に関しても、四島一括返還にこだわるべきでなく、柔軟に対処した方がいいと考えていた。

野中氏が官房長官、自民党幹事長をつとめていた時期に、評者は2~3ヵ月に1回、非公式に会見していた。

当時、野中氏は高輪の衆議院議員宿舎に住んでいた。宿舎に戻り「今日はもう部屋から出ない」と言って、SP(警護官)を帰した後、徒歩で隣接する高輪プリンスホテルのレストランにやってきて、個室で評者と意見交換をした。北方領土交渉やロシア内政について、さまざまな質問をされた。

野中氏と親しい鈴木宗男氏が、北方領土問題に熱心に取り組んでいた。野中氏は鈴木氏から得た情報を、評者を通じてダブルチェックしていたのだ。その点では、最側近である鈴木氏のことも完全には信じない猜疑心の強い政治家だった。