暴力団離脱者はいま、就職先でこんな「イジメ」に遭っている

暴力団構成員は毎年減少しているが…
廣末 登 プロフィール

受け皿のない社会

筆者は、2014年に助成金を受けて「暴力団離脱者の実態調査」を行って以降、アングラな社会を垣間見てきたから、行き場のない元暴の再犯という現状は、理解できるのである。

「ヤクザを辞めても、結局のところ仕事もなく、居場所もないんやろ」「わしら、迷子になっている」などと希望を失う離脱者の気持ちは、筆者には痛いほど分かる。

明らかに社会の「暴力団観」が変わったことも、こうした逆風の一因である。「観」というのは、社会の眼差しのことである。同じ状況や現象でも、その価値や社会的な受け止め方は全く異なるものとなる。

たとえば、昭和の時代、学校に行かない子は「登校拒否」として、本人や保護者が責められたものだが、現在では「不登校」として、社会的に容認されている。同性愛、性同一性障害にしても、ここ数年で社会の観は大きく変化した。

しかし、暴力団はどうか。

 

昭和の時代には、市井のサラリーマンでも、居酒屋やスナックの話題として、どこそこの親分と一献ご一緒したとか、何々一家の花見の席に呼んでもらった、ゴルフを一緒にプレーしたことなどが、ちょっとした自慢になったものである。

マスコミでも「ヤクザ」という呼称を用いて記事を書いてもよかったが、本稿で分かる如く「暴力団」と書かないといけないという暗黙のルールが社会に生じた。

阪神淡路大震災の時に、行政に先んじて被災者に炊き出しを行った山口組は、当時より継続的に開催してきたハロウイーンの行事を、今更のようにマスコミに叩かれている。

東日本大震災の時も初期段階で支援物資を供出したが、暴力団であると分かると受け取ってもらえないから、こっそり置いて来たと事情通に聞いたことがある。

こうした「ヤクザ観」から「暴力団観」への変化は、2010年に暴排条例が施行されて以降、加速したようである。したがって、現代社会にあっては、暴力団離脱者には社会的受け皿が存在しない。

しかし、それで本当にいいのだろうか。

暴力団構成員はともかく、離脱者までをも社会的排除することが、安心・安全を標榜する現代社会と整合性がとれるものなのか、筆者は疑問を禁じ得ない。先述した離脱者の再犯率が何を表しているのか、もう一度考える必要があるのではないだろうか。

〔PHOTO〕iStock

離脱者の社会復帰は3分の1だった昭和時代

暴力団が社会に受け入れられていた70年代から80年代にかけて、科学警察研究所によって行われた暴力団離脱者の追跡調査に基づく研究が興味深い。

1967年から1973年にかけて行われた星野周弘の研究では、離脱者(433名)のおよそ3分の1が、社会復帰していると報告されている(「科学警察研究所報告15(1)」1974年)。

星野らの研究が指摘するように、職業社会での安定的な就業は、暴力団離脱者の社会復帰における重要な要素である。

暴力団離脱者の職業生活に関して重要なことは、彼らが「カタギ」の職業に就業できるかということ自体であり、社会復帰の成否も、これにより大幅に左右されるという。

なお、「カタギ」の職業に就業する方法は、①自営業を始める場合、②組員時代の合法的職業を継続する場合、③縁故者の紹介によって雇用される場合の3通りがある指摘している(「科学警察研究所報告23(1)」1982年)。

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