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「肩こり」という言葉を広めたのは誰か、ご存じですか?

「分かりみ深い」そのつらさ

農耕生活が「肩こり」を生んだ

古くから日本人を悩ませてきた「肩こり」。一説には現在、約7割の人たちがこの国民病に苦しんでいるそうだ。

人類と肩こりとの付き合いは長い。紀元前、人間が狩猟生活から農耕生活に切り替えたことで、肩こりの症状は生まれたとされている。中国北部にある、農耕が始まった新石器時代の遺跡から、肩のツボを刺激する鍼のような石も発見されているのが、その証拠だ。

当然、先人たちは肩こりから逃れるべく、いろいろな努力を重ねてきた。

日本人がこりをほぐす方法として、まず編み出したのが「揉み療治」だ。757年、奈良時代に施行された法典『養老律令』では、揉み療治である「按摩」を学問の一つとして位置づけ、奨励したという。

 

さらに平安時代にはすでに、肩こり緩和のための湿布のようなものも発明されていた。当時著された現存する日本最古の医学書『医心方』には、「生薬を細かく割り、竹簡で覆ったものを患部に貼る」との記載が残されている。

一方、まだその時代には「肩こり」という言葉はなかった。肩の筋肉が固くなる症状の存在は知っていても、それを表現するのに適した言葉が見つからなかったのである。

では、「肩こり」という言葉はいつ広まったのだろうか。それは、1910年、明治の文豪・夏目漱石が発表した『門』の一節からとされる。

「……指で圧して見ると、頸と肩の継目の少し脊中へ寄つた局部が、石の様に凝つてゐた」

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元は江戸時代の文献にあった「肩がこる」という用例を、漱石がこのように使ったのだ。すると、『門』が新聞に連載されていたこともあって、この言い回しが世間に広まったという。

その後、近代的な国語辞典の代表格であった『大言海』もこの漱石の用法に倣い、「肩のこり」という表現を収録。学術的にも日本語として定着したのである。

生涯、神経質だったという漱石は、きっと辛い肩こりに悩まされていたことだろう。だからこそ、この言葉に行き着いたのかもしれない。(栗)

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『週刊現代』2019年3月16日号より