中国の「爆速成長」に憧れる〈中華未来主義〉という奇怪な思想

人権も民主主義も、もう要らない?
水嶋 一憲 プロフィール

こうした暗黒啓蒙の思想が、「私は自由と民主主義が両立可能だとはもはや信じていない」というティールのリバタリアン(自由至上主義者)的な確信と親和的なものであることは見やすい。

ピーター・ティール〔PHOTO〕Gettyimages

また、ランドは上海(をはじめ、香港やシンガポールといったアジアの都市)を褒め称えてきたが、そうした言説は、資本主義の生産性を上げるためには進歩主義的な民主政治を犠牲にしなければならないという意志の投影でもあると解釈できる。

技術論を専門とする中国人哲学者の許煜(ホイ・ユク)は、そのような考え方を中華未来主義と呼び、それが基本的に幻想にすぎず、新反動主義やオルタナ右翼の運動もそうしたルサンチマンに満ちた幻想がもたらす不安と羨望の表現にほかならない、と鋭く批判している。

すなわち、〈中国は西洋の科学と技術を抵抗なく輸入してこられたのに対し、西洋では大聖堂に奉納された自由・平等・民主主義・PC等のせいで技術革新が制限され、減速させられてきた〉といった幻想である(「新反動主義者の不幸な意識について」)。

 

中華未来主義のシンボルとしてのAI

しかし、またもう一方で、暗黒啓蒙や新反動主義が中国に投影する不安や羨望を超えた立場から、中華未来主義への接近を試みているマルチメディア・アーティストが存在する。マレーシア系中国人を両親にもち、香港やシンガポールで育った後、現在はイギリスを中心に活動しているローレンス・レックのことである。

レックのビデオ・エッセイ『中華未来主義(西暦1839-2046)』(2016年)は、中国に関するいくつかの紋切り型をアイロニーを込めた手つきで取り上げた刺激的な作品であるが、最近のインタヴューで彼は、「AIこそ中華未来主義のシンボルだ」と述べている。なぜだろうか。

それはまず、この間、西洋/西側のメディア報道を通じて、「奴らが俺たちの仕事を奪っている」とか「奴らの賃金の方が安い」といった非難の声が、AIや自動化と同じく中国人労働者にも浴びせられてきたからである。またそれ以上に、「深層学習研究用のコンピュータと無名の中国人労働力が、終わりなき労働のためにプログラムされているという点で、多くを共有している」からでもある。

要するにAIは、「数学が得意で、コピー生産と大量のデータ学習に専念しつつ、ゲーム・ギャンブル・激務に耽溺する」中国人という紋切り型のイメージと共通する特徴を備えているので、中華未来主義のシンボルにふさわしいというわけなのだ。

このように「中華未来主義」という概念は、扱い方によっては、私たちのなかにある無意識的な発想をあぶりだす助けにもなる。

テクノロジーの加速とシニシズムの深化

中華未来主義に注がれた、こうした醒めたアイロニカルな視線は、AIをめぐる現実政治の覇権的野心を批判的にとらえ返す上でも示唆に富むものだろう。

ロシアのプーチン大統領が、「AIの領域でリーダーとなる者が、世界の支配者となるだろう」と学生に説いたというニュース」は記憶に新しいところだ。キッシンジャー元米国務長官も、「いかにして啓蒙は終わるか」と題された最近の論文で、ロシアや中国と比較した合衆国の立ち遅れを指摘しつつ、人工知能研究を「主要な国家プロジェクト」として優先的に推進するよう米政府に求めている。

言うまでもなくAIは、社会と経済に大きなインパクトをもたらすに違いない。また中国やロシアが技術開発のペースを落とせば、その競争力を失うのは必至だ。

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