中国の「爆速成長」に憧れる〈中華未来主義〉という奇怪な思想

人権も民主主義も、もう要らない?
水嶋 一憲 プロフィール

「新中国は未来から到来する」

1990年代にイギリスの大学で哲学を教えていたニック・ランドは、彼のもとに集まった学生や学者たちと一緒に「CCRU(サイバネティック文化研究ユニットの略称)」を立ち上げ、のちに「加速主義(accelerationism)」と名指されることになる思想を展開したことで知られている。

ランド流の加速主義論の眼目は、資本主義をその無限の拡大の彼方に向けて加速することにある。資本主義の過程を加速すること、いいかえれば、資本主義の潜勢力を十二分に引き出しながらそれを疲弊・消尽させることを通じて、資本主義を超える何かにアクセスするための道筋を開こうとする思想で、そのためには人権といった民主主義的価値を軽視することも厭わない。

またそこでは、資本の絶対的かつ暴力的なスピードがーー『ターミネーター』を思わせるーー「未来からの侵入」として肯定的に受け止められるとともに、「新中国(neo-China)」についても興奮気味に論じられていた。

上海〔PHOTO〕iStock

「新中国」とは、西洋世界の衰退を尻目に、権威主義的な資本主義を通じて急激な速度で成長するようになった中国を指す。当時のランドが語った印象的な言葉を引くならば、「新中国は未来から到来する」というわけである。

前世紀末に大学を辞職したランドは、21世紀に入ってから--まさに『LOOPER/ルーパー』の主人公と同じく--新中国の「グローバル資本メトロポリス」上海に移住する。

そこで彼は、中国がすでに加速主義社会に突入しており、未来にとりつかれながら、ハイスピードで変化しているという実感をますます強めるようになり、CCRU流の荒々しい想像力と親中国政府プロパガンダが一体となった奇妙な文章を発表していった(そこには、『LOOPER/ルーパー』について分析した特異な上海論も含まれる)。

さらに、そうした加速主義の思想を拡散するために、ランドは2012年に「暗黒啓蒙(ダーク・エンライトメント)」 と題した文書をインターネット上で公開し、以来、「新反動主義(NRx)」(民主主義国家を解体して、君主のように全権を掌握した(白人男性)CEO率いる企業が小都市国家群を支配するといった未来像を思い描く、反動的な思想運動)や「オルタナ右翼」との関係を強めている。加速主義とNRx、オルタナ右翼は、民主主義的建前を敵視する点で、親和性が高いのだ。

 

新反動主義と中華未来主義

現在、ランドはメンシウス・モールドバグ(シリコンバレーのコンピュータ科学者でスタートアップ起業家、カーティス・ヤーヴィンの筆名)と並ぶ新反動主義の代表的論客として知られるが、彼ら二人を騎士になぞらえるなら、ピーター・ティール(オンライン決済サービスPayPalの創業者で、シリコンバレー有数の投資家)はその王と目されるだろう。

ランドらは、「今日の西洋社会を支配しているメディアと学の複合体」を「大聖堂」に見立て、強く批判する。というのも、彼らによるとそこには、PC(政治的公正を意味する「ポリティカル・コレクトネス」の略称)等の倫理と教義が奉られており、それらは西洋文明に有害な脅威をもたらすからである。

その上で彼らは、大聖堂に対する破壊活動として暗黒啓蒙を仕掛けるのだが、つまるところそれは、ラディカルな変化をもたらして現在の窮状から「西洋」を救い出すためには、技術的・商業的な「脱政治化」(つまり、政治による経済やテクノロジーに対する制約を解除すること)がぜひとも必要であるという、技術革新と生産性向上への欲求に裏打ちされたものとみなしうるだろう。