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# 経済学 # 宇沢弘文 # 市場原理主義

世界随一の経済学者が、すべてを投げ捨てても守りたかったもの

宇沢弘文の孤独と怒り

日本人唯一の世界的経済学者、宇沢弘文

宇沢弘文(1928−2014)とはじめて会ったのは、わたしの前作『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(講談社)の取材をしているときでした。

竹中平蔵という経済学者の人生の歩みを追った評伝だったのですが、竹中は若いころ、宇沢が指導する研究機関に在籍していたことがあったのです。

 

もっとも、竹中について宇沢に取材するという行為が本末転倒であることぐらい、自覚はしていました。世界的に評価されている経済学者に、学問的業績などほとんどない経済学者の話を聞くわけですから、話がアベコベだ。

竹中の話は早々に切り上げ、わたしはこの碩学にぜひとも聞きたかったことを息せき切ってたずねていました。経済学という学問、経済学者という職業的専門家に対する疑問についてです。

日常生活から国際政治まで、いまほど資本主義に起因する問題が山積みになっている時代はない。それなのに、なぜ職業的専門家たちは「声なし」なのか。それどころか、社会を誤った方向に先導しているようにすらみえるのはいったいどういうことか。

宇沢弘文氏

いまでも不思議におもうのですが、わたしの理解が一知半解であることぐらいすぐにわかったはずなのに、宇沢は至極真剣な面持ちでわたしの話を聞いていました。ある質問をした際、絶句して黙り込んでしまった宇沢の姿をいまも鮮明におぼえています。

宇沢は経済学という学問の「奥の院」にいた、日本人としては唯一の人物でした。スタンフォード大学、シカゴ大学を拠点に活躍し、アメリカの経済学界で一、二を争う理論家となりました。世界の名だたる経済学者たちと親交を結び、学界の指導者のひとりとなっていたのです。

ところが、不惑を迎える年に突然、栄光ある地位を放り投げ、日本に帰国してしまいます。そればかりか、しばらくすると猛然と経済学を批判しはじめ、周囲を戸惑わせるようになるのです。