高倉健、美空ひばり…「昭和スターの付き人」が明かす、苦労と喜び

苦しいこともあったけれど…
週刊現代 プロフィール

俳優の若山騎一郎氏(54歳)は名優・若山富三郎の長男であり、19歳から23歳までの4年間、父親の付き人を務めた。いったい親子はどういう関係性だったのか。

「両親は離婚して、僕は母親に引き取られました。高校を中退して役者を志すと、千葉真一さんの『JAC』に入りました。ですが、怪我のために1年で退団。

別の劇団の研究生となり、それを卒業する際、親父に呼ばれました。当時の親父は離婚した負い目もあったと思いますが、まあ優しかった」

騎一郎氏は、「ウチに入れ」と誘われて、富三郎の事務所に入った。それが「地獄の始まり」だったとこう振り返る。

「僕は『即デビュー』だと思っていたのに、親父から言われたのが『俺の付き人をやれ』でした。僕が入ると同時に、なぜか兄弟子たちが辞めていくのです。

残るは姉弟子たちだけ。力仕事はすべて僕になりました。撮影現場ではオカモチと呼ばれる重い木箱をずっと持たされたうえに、常に立ちっぱなし。

親父の態度も豹変します。もう殴る蹴るの毎日。例えば、他の俳優さんが失敗すると、その見せしめで僕が往復ビンタを食らった。とにかく生活の9割が理不尽なことだらけでした」

 

騎一郎氏はあるとき先輩俳優の安岡力也にこんな相談をしたことがある。

「俺と力也さんが組めば親父なんて一発だ。力也さん、やりませんか?」

「バカヤロウ、頭がオカシイんじゃないか」

「力也さんにそう戒められるほど追い詰められていました。親父は50代、役者として一番脂が乗っている時期でした。

ただ、ときたま父親らしい優しさを見せるときがあるんです。二人きりになったとき、親父はなぜか大きなガラス製の灰皿を鷲掴みにして『幼いころ、お前はパパをこんな灰皿で殴ったことがあるんだぞ』と言い出したことがありました。僕はまた殴られると思ったので、即座に平謝りしました。

すると親父は、『離婚したのはな、何も俺だけが悪いんじゃないんだぞ。今日は先生じゃなくていい。お父さんでいいぞ』って。そんな日もあったのです。でも、未だに『父親』に変わるスイッチがどこにあったのか、よくわかりません(笑)。

親父から具体的な教えを受けたのは、立ち回り(殺陣)では『利き足が大事だ』ということ。そして『役に入れ、それぞれ立ち回りは違う』。

芝居を間近で見てきたので、『親父ならどう演じたか』、そう振り返って自分の演技に生かすことができる。僕にとって付き人時代は殴られもしたけど、紛れもなく財産です」