進化教育学者が『万引き家族』を観て涙が止まらなかったワケ

哀しくも美しい「教育の本質」が見えた
安藤 寿康 プロフィール

愛する子どもに教えられる「唯一のこと」

この映画が進化教育学的に興味深いのがこの祥太である。設定は10歳ごろ、生活史的には子ども期から大人期への移行期であり、身体的・性的に成熟し、認知能力的にも変革期を迎える時期である。本来なら小学4年生か5年生だが、そんな事情でさらわれてきた子どもだから戸籍がなく、そのため学校に通っていない。

非現実的な設定のようだが、たとえば不倫の間にできた庶子で親子関係が認定されないような場合だと、このようなことが実際に生じるという。「父親」からは自分で勉強ができない子が学校に行くのだと説明されている。

実際、祥太はきわめて聡明な子どもとして描かれており、自我の目覚めだからであろう、居間の押入れに砦のような「個室」を作って閉じこもり、そこでいつも本を読むか、収集してきたガラクタに広大な世界を想像している。彼は「自分で学べる」ほどの高い遺伝的資質を持った子なのである。

だから外で小学生の群れと遭遇してもうらやましさやさびしさを覚える表情を見せることが一切ない。その個人としての確固とした自我を形成しつつある大人びた表情と振る舞いを演ずる城の演技は、名だたる名優たちの中でも遜色なく、この映画の魅力を引き立てている。

万引きをするについては、店頭に並んでいるものはまだ誰のものでもないから、店がつぶれない範囲で取ってくることは正当であるといって聞かされた屁理屈を当面納得している様子だ。

しかし、その行為を日常からの連続線上にない特殊な営みとみなしているかのように、これから始めるというとき、決まった作法に則った指の動かし方を行ってから始める。

これは成功のためのおまじないのようにも見えるが、それよりも日常から非日常へ、表・ハレの世界から裏・ケの世界へ移行するための儀式というべきだろう。これを行うことによって、この子どもの精神が真の悪に染まることなく、正しい世界に無意識にも踏みとどまることを可能にさせているように思う。

聡明な祥太はやがて自らの行いのやましさを自覚するようになる。それは柄本明扮する駄菓子屋の老店主から「妹にはさせるなよ」と声をかけられ、そこで万引きをしていること、そしてじゅり(このときはすでに「りん」と名づけられていた)にそれを教えようとしていることを見抜かれていたことを知ったのがきっかけではあったが、私にはそれ以前から万引きのやましさを無意識のうちに察知していたと思われた。

それがその行為に先立つ儀式の遵守に表れていたと同時に、この物語の重要なテーマである「父・治」との関係のとり方に描かれていたと考える。

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治はこの祥太を心の底から愛していた。実の子でないからこそ、実の子以上に実の子として愛しているのだ。それは歌舞伎の女形が、女でないがゆえに、生身の女以上に女を演ずることができるのに似ている。

そう、この家族はすべて血縁のない、犯罪だけが絆の、本当の家族でないからこそ、本当の家族以上に本当の家族を演じ、寄り添っているのである。

治は自分のことを祥太に「とうちゃん」と呼ばせたくてしかたがない。しかし祥太はそれを拒み続けている。ふつうの家族ならあたりまえのその呼びかけを、おそるおそるひたすらに求め続けるその姿はいとおしい。

祥太が治を「とうちゃん」と呼べないのは、ただの気恥ずかしさだけではない、実の親子になりきれない何らかの得体の知れなさを、治に感じているからのように思われた。それが祥太の賢さのなせることであり、自分の行いにやましさを潜在的に感じさせる何かだったのだと思う。

しかし思慮深さや道徳観がやや希薄な治は、その愛を不器用な言葉づかいと、自分の本名「勝太」をその子に名づけたこと、そして万引きを教えるという「教育」によって表現しようとした。これが進化教育学者として一番心を打ったところだ。

祥太が万引きを妹のりんにさせないようにととっさに行った行動が引き金となって、この家族の所業が警察の知るところとなり、逮捕され、彼らは一人ひとり警察の尋問を受けることになる。

ここからがこの映画の白眉である。母親の愛とは何かを、魂をえぐるほどの深い涙で表現した安藤サクラは、もちろんこの映画の中の最高の場面の一つだが、ここでもうひとつ強く心を打ったのが、「こどもに万引きをさせるのはうしろめたくなかったですか」と正論で諭すように問い詰める刑事に、リリー・フランキーがうつろにつぶやいた「オレ…、ほかに教えられることがないんです」の一言だった

財産も教養もないこの惨めな男が、愛する子どもに与えることのできる唯一の贈り物が万引きの手口だったとは……。教育という行為の生物学的本質が生んだそのあまりの哀しさに、映画館の暗闇の中であやうく号泣しそうになった。