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進化教育学者が『万引き家族』を観て涙が止まらなかったワケ

哀しくも美しい「教育の本質」が見えた

「遺伝」と「教育」の視点で『万引き家族』を観た

3月1日に行われた日本アカデミー賞にて、是枝裕和監督の『万引き家族』が作品賞、監督賞など8部門で最優秀賞を受賞した。映画通とはいえない私も、この作品は3度観て、3度とも泣いた。

どこが感動的だったか。それを言葉で表せるようなら、そもそも映画にする必要などないはずだから、ここでそれを論ずるのは無駄なことだが、やはりいい映画を観ると何かを語りたくなる。

このテーマが訴える「家族の本当の絆とは何か」については、おそらく語りつくされているだろう。ここでは、私が教育と遺伝と進化について考えている研究者として抱いた「ひねくれた感動」を語らせていただきたい。

説得力のある「家族愛」の物語

映画はスーパーマーケットで絶妙なチームワークで万引きを行う父と息子のスリリングなシーンから始まる。

こんな手口を映画で人々に教えてもいいのか、こんな振る舞いをこんな子役にさせるとはなんと非教育的なことかと、観客であるわれわれに良心の呵責を感じさせるような冒頭の場面は、つづいて映し出されるこの二人の、寒空の商店街でホクホクのコロッケを買う仲睦まじい姿に変わって、思わずほっとさせられる。

「父親」の治を演ずるリリー・フランキーの、どんなに悪ぶっても愛すべき人懐つこさを醸し出してしまうキャラと、それを慕いながらもつっぱって距離を置こうとする聡明な「息子」祥太(城桧史)の自然な演技のうまさに、すぐさま最初の違和感は吹っ飛んで、物語に入りこんでしまう。

この二人が「仕事」の帰り道に遭遇してしまったのが、親に虐待されベランダに放置されてお腹をすかせた小さな女の子、じゅり(佐々木みゆ)だった。見るに見かねて家に連れて帰り、その子はそのまま治の「妻」の信代(安藤サクラ)とその「母」初江(樹木希林)、そして信代の妹と思しき亜紀(松岡茉優)からなる「家族」の一員となる。

法的・社会的には誘拐となるはずのこの行為が、万引きを生計の一助とする社会的規範の反転したこの家族で、本当の家族愛の誕生として説得力をもつのは、この子のように寒々とした社会の辛さ・哀しさを引き受けるのを余儀なくされた人間だからこそ切実に必要とする心のぬくもりを、この6人が常に互いに求め合い、それに応え続ける姿がそこに描かれているからである。

それを象徴するかのように、家族6人は8畳ほどの畳の居間でいつも寄り添うように生活している。

祥太も物心つく前に治に拾われた子だ。そのときの事情は明らかにされていないが、おそらく治が車上荒らしをしようとしたときに車に放置されていた子どもを成り行きで連れてきてしまったらしい。