就職活動のプロフィール用に撮影した写真。ここに至るまでに思い悩んだ 写真提供/中村江里子

中村江里子が就活で悩んでいた時に目覚めた、恩人の「一言」

なぜアナウンサーを目指したか

元フジテレビアナウンサーで、現在はフリーアナウンサーとして活躍する中村江里子さん。2001年に結婚後、生活の拠点をパリに移してから18年、今は3児の母でもある。そんな彼女が2011年に刊行したエッセイ集『女四世代、ひとつ屋根の下』は、家族のこと、仕事のことを率直につづっている。今回はそのエッセイから、中村江里子さんの就職活動の話を抜粋、デジタルメディア初掲載する。

 

何をやりたいかわからなかった

どうしてアナウンサーになろうと思ったの?

よく聞かれるのですが、偶然のような、ちょっとしたご縁がきっかけでした。

わたしが就職活動をした頃は、いまではちょっと考えられないくらいの売り手市場。試験さえ受けに行けば、かなりの確率で内定がもらえるような時代でした。でも、へんなところが生真面目なわたしは、やみくもに面接を受けるのはちょっと違うのではないか、真剣に行きたい会社でないと採用試験を受けるのは失礼なのではないかと、考え込んでしまったのです。

自分は何をやりたいのかということから、なんのために生まれてきたのかという深いところに疑問が行ってしまい、何ヵ月も思い悩んだ結果、身動きができなくなってしまいました。

就職活動戦線に思いきり出遅れてしまったわたしを見かね、両親は助け舟を出してくれました。たしか、大学四年の四月くらいだったと思います。
「江里子の性格はよくわかっている。私たちがお膳立てをしても、(その会社に)行くことはないでしょう」

はい、その通りです。

「だから、一年間、猶予期間をあげます。卒業から一年間はここ(実家)に住んでいいし、食事の心配もいらないわ。あせらず、時間をかけて決めればいいわ。でも一年よ」

そう言ってもらい、少し肩の荷が下りました。

大学2年生の頃の江里子さんと母親の千恵子さん。就職活動の「事件」まで、喧嘩したことは一度もありませんでした 写真提供/中村江里子

「一歩踏み出さないと見えないものがある」

その直後、母の友人の男性とお話する機会があり、そんな近況を報告したところ、こんなことを言われたのです。

「江里ちゃんの考えていることはよくわかる。いい加減な気持ちで、就職活動に臨みたくないという真摯な態度はすばらしいと思うよ。でも、一歩、足を踏み入れないと、見えてこないことってたくさんあるんじゃないかな

それに同級生のみんなが一緒に就職活動ができるのは、一生のうちでいましかないんだよ。立ち止まっていては何も始まらないのだから、一歩、踏み出してみてはどうだろうか。一歩踏み込んだら、自分がやりたいことが見えてくるかもしれない。もしかしたら、何も変わらないかもしれないけれど、それならそれでいいんじゃないかな。とにかく、君はこの就職活動に参加するべきだ」

わたしがうなずきながら話を聞いていると、その方はさらにこう付け加えました。

「僕はあなたの声がとても素敵だと思うんだけど、アナウンサーなんてどうだろう?」

そういえば、アナウンサーというお仕事があったよなあ。

そのとき初めて、わたしの視界にアナウンサーというお仕事が入ってきたのです。
すぐにアナウンサー試験の日程を調べ、ちょうど書類を配付中だったフジテレビに、試験の願書を取りに行きました。

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