東村山のベッドタウンに佇む「孤高の食堂」に十数年ぶりに行ってみた

ロビンソン酒場を往く②
加藤 ジャンプ プロフィール

ベタつき一つない店内

さらに、この店がこの場所でもはやりつづける理由は、店の中にある。サーモンピンクの電話が置かれていることも驚くけれど、なにより立派なのは、これだけ揚げ物を作りつづけてきた店なのに、あの、油がしみついた、焦げとあまつさえ苦味すら感じるようなにおいも、壁やカウンターのベタつきもないのである。

新建材を使いまくった挙句、ハリボテにしか見えないような住宅やビルがたちまくったバブル期をやり過ごし、古いものをきちんと掃除して使っている。それこそ、スクラップアンドビルドばかりになってしまった、この国の趨勢の極北にある。だから、この店に入ると、なんだか背筋がのびるような気がする。

接客もまた過度なところはなく、定食屋にありがちな、過度な活気もない。それが、店の繁盛に資することは明らかだ。派手に符丁がとびかい「◯◯一丁!」という声が、もはや怒号にすら聞こえるような店も時に遭遇するが、あれは落ち着かなくて酒もすすまないし、イチゲン客は腰がひけ再訪しなくなる。

 

女将の気持ちのいい笑顔がたまらない

ところが、ここはいい意味で、静かだし、 十何年も無沙汰してしまったという私に、恵子さんは

「いやあ、それはどうも」

と決してたくさんの言葉をかさねたりはしなかったのだが、それまでほぼきりっとしつづけた顔のまま仕事をしていたところから、破顔一笑とはこの瞬間のためにあるのかと思うほどの、気持ちのいい笑顔だったのである。

ここにも、なんとなく、無駄に笑顔をふりまかない分、肝心なところでは惜しげなく注ぎ込む、この店の真髄のようなものが垣間見えた気がした。

もちろん、常連とおぼしき人にも、これといってベタベタせず、ただ、去り際にはやはり、あの笑顔を見せたのである。この空気もまた、近隣でリピートする客はもちろん、時をへだてて再訪する私のような客もつく理由である。

そして、勘定をすませ、表で写真を撮っていた私に、おそらく地元の人と思われる人が言ったひとこと

「いいよね、その店。あるだけでね」

これが、この店が、ある種のランドマークとしてここに存在していることを示唆していたと思うのは、決して贔屓目のせいではあるまい。

駅から遠い、住宅街という海に浮かぶ、孤島のようなロビンソン定食屋酒場は、その実、オアシスのような店なのである。