東村山のベッドタウンに佇む「孤高の食堂」に十数年ぶりに行ってみた

ロビンソン酒場を往く②
加藤 ジャンプ プロフィール

クラシックカーのごとき、ビンテージな佇まい

一階建てで看板のペンキはかなり色あせている。大きな暖簾には染め抜きで「定食」とあるが、こちらも年季が入っている。それが、住宅ばかりの場所、それもそんなに古くない住宅が多いところにたっている。中古車屋に一台だけ、ビンテージ、クラシックカーが置いてあるような雰囲気である。

ここで「ひの食堂」はずっと営業してきた。そして、はやっている。

その理由の多くは、この店のたたずまいに隠されている。東村山市はいわゆる東京のベッドタウンである。何駅もすっとばす電車にのれば新宿まで30分程度のアクセスだ。しかし近年、人口の流出が止まらない。

一口に東京の一極集中といっても、23区内でも多摩26市でも偏りがある。26市のなかでも武蔵野市みたいに人口が増えているところもあれば、東村山市みたいに人口がへりつづけているところもあって、そのいずれも東京なのである。

もちろん、この街にもバブル期があって、その頃、多くの宅地が造成され住宅ができた。一方で、大型の店舗が市内にも近隣にもでき、都心部へのアクセスがよくなることで、地域の商店会はどんどん数を減らしていった。

 

商店街が姿を消し、食堂だけが残った

この「ひの食堂」のあたりも、かつては商店会が存在したが、数年前になくなっている。昔は、ここもそこそこ店が集まる場所だったわけだ。だからこそ、ここに場所に開店したが、バブルから規制緩和の嵐と郊外の大型店舗の勃興がつづくなか、いつしか、孤島のような立地になったわけである。

いま、店の周りには商店街の面影はほとんどなく、ほぼ、普通の住宅地である。農村からベッドタウンへと変貌した、この国の時代の流れそのものが、ここに集約されている。

で、 この店が繁盛しつづけるのは、一つにはそうした時代の流れと一線を画しつづけてきたことにあるだろう。下手なリニューアルなどをおこなってこなかったのは一目瞭然であり、無駄な設備投資をしなかった。トイレも工事現場の仮設トイレを転用したものである。

しかも二人で切り盛りしている。余計な人件費がかからない。そうした無駄の排除が、この店の素材の良さを維持させている。

店のメニューにはたくさんの揚げ物があるが、これがどれを頼んでも実にいいできなのである。たとえばエビフライ。皿には中型サイズが5尾盛られている。これが揚げ方もよく、エビの具合もきちんとしている。それでいて価格は750円である(定食なら950円でご飯としじみの味噌汁、煮物がつく)。

カキフライもすばらしく、揚げ方が実にうまい。さっくりとして、これが、真昼間のビールに合わないわけがない。中濃ソースは、私はそれほど日常使わないけれど、これが、また関東の家庭の食卓の雰囲気を出してくれて、味わい深かったのである。もちろん、これを頼んだ時には、ビール瓶がもう一つ空いた。

付け合わせはサラダで、ここにも秘密がある(これが、またビールにあう)。サラダのドレッシングはこの店独特のもので、一升瓶に入っている。酸味と甘みがあって病み付きなるものだが、どの料理にも共通している。

40種類のメニューを阿吽の呼吸でこなす

店のメニューは豊富で、定食だけで40近くある(すなわち肴だけで40近くある)、これを二人でこなすために、合理化しているのである。ゆえに、たった二人でやっているとは思えぬほどに、注文から提供までが早い。

いわばファストフードながらジャンクフードではないのである。この手際の良さは、さほど昼食のために時間を割くことができない働く人にとってはもちろん、昼酒を飲みたい定食屋飲兵衛にとっても大事である。

また、定食屋であることは一目瞭然だが、これが今時の何穀米やら置いているカフェ風のところや、チェーンの定食屋風であれば、私のように「飲める定食屋」もとい「昼間から飲める居酒屋」として利用できるとは思えない。ひるんでしまう。

ところが、「ひの食堂」のたたずまい、つまりは昭和の典型的な定食屋の店構えをまったく変えることなく保っていることで、私たちのような、昼酒を飲みたい人間も「ここなら昼酒ができる」と、表には何も描いてなくても安心して訪れることになる。

古い店構えのままであることで、定食ユース以外の顧客もひきこむことなる。時代の流れに迎合しないことは、こういう利点もあるのだ(無論、今時のチェーン定食屋が好きな人を逃すことにもなるだろうから、そこは痛し痒しといいう面もあろうが)。